第15話

「……一体どこまで付いて来るおつもりですか?」


 白いスーツの男は人気のない建築物の中の一室に入る。ほとんど使われていない部屋の内部は埃が堆積しており、内装など何も無い無機質な部屋であった。

 その部屋の中央付近で立ち止まった白いスーツの男は後ろから隠れもせず大胆に後をつけてきていたクロウに声を掛けてくる。


「君、『魔術師』でしょ?」


「なにを言うかと思えば……この王都アルバに魔術師など存在しないはずでしょう。言い掛かりをつけるようなら教団を呼びますよ」


「僕もそう思いたいんだけどね……職業病?ってやつかな」


 クロウはにこやかに笑いながらスーツの男に対して『ある事』を行った。過去の経験から培ってきた相手が魔術師かどうかを判別する為の手段。


「何を仰っているのか分かりませんが、私はれっきとした――」


 瞬間、バチッという電気が走るような音が白いスーツの男の周囲から発せられた。

 それと同時にクロウの意識は反転する。


『――やっぱりね』


 予想通りの反応にクロウはくすり、と笑う。


『魔術師ってさ、魔術を行使できるようになる年齢になると自分の周りにある程度微弱な魔力の膜が生成されるんだよ。だから僕には君が魔術師かどうかすぐに分かるんだ』


 クロウが行った『ある事』とは実にシンプルな事だった。体にそよ風が当たるようなくらいの微弱な魔力を白いスーツの男に向けて放ったのだ。

 レリフを使う『人間』であれば反応などしない程度の軽い魔力の風。しかし『魔術師』であれば話は別だ。周囲に張っている魔力の膜は嫌でもそれを察知してしまう。


「――さすがは黒の教団が作り上げた我々の『贋作』……実に忌々しい存在だ」


 白いスーツの男は魔術師であることを見抜かれた事で偽ることを諦めたようだった。口調が先程までの丁寧な物腰から一変する。


「我々魔術師はあの戦争でお前達に敗北してからというもの、実に屈辱的な日々を味わってきた……黒の教団によって次々に殺される同胞達、レリフの力を使って蹂躙してくる下等な人間共……ああ、思い出すだけで吐き気がする……!!」


 白いスーツの男は強い憎しみの表情を浮かべてクロウを睨み付ける。


「そもそもこの王都はお前達のような下等な『人間』風情がのうのうと自由に暮らして良い場所では無い。王都は元々高貴なる我々魔術師のもの……!」


 白いスーツの男は魔力を自身の体に纏い臨戦態勢に入る。


 「私はこの王都の下等な人間共を皆殺しにして再び魔術師の繁栄を取り戻す……!おまえごとき『贋作』に邪魔はさせない」


『――そんなこと、どうでもいいよ』


 クロウはフッ、と消えると男に急接近する。そして魔術を使用しようとしていたスーツの男の鳩尾に右肘を叩き込んだ。


「――ガぁハッ!!」

 

 男の肺に溜まった空気が口から一気に吐き出される。

 間髪入れずにクロウは前のめりに倒れかけている男の顎を左拳で殴り上げる。そしてそのままくるり、と一回転して真後ろまで回り込むとクロウは最後に男の後頭部に左肘を叩き込んだ。

 ほんの一瞬の出来事であった。

 先程まで意識があった白いスーツの男は白目を剥いて気絶している。

 クロウは気絶している男の横にしゃがみこむ。


『……あのさ。僕にとって君達の苦しみとか憎しみとかどうでもいいんだよ。僕は君達魔術師をこの世から駆逐することが目的で作られたんだ。だから君達の抱えてる事情なんて興味無いんだよね』


 クロウは気絶している白いスーツの男の体を足で蹴飛ばした。男の体は壁に叩きつけられ、周囲に大量の血飛沫をあげて絶命した。


『口も態度も大きい割には弱いなぁ』


 あまりにもあっけなく勝敗がついてしまったことにクロウは溜め息をついた。


◆◆◆◆◆


 ディーナは魔力の反応を追ってある場所まで来ていた。

 人気の無い建物の一室。何もない空間には埃と、血の臭いが充満していた。


「……遅かったか」


 そこには壁に叩きつけられ体が半分潰れた白いスーツの男の死体があった。ディーナにはこの男を殺した相手は大方予想がついていた。


「くそ……あの人形め……」


 ディーナは壁に叩きつけられた男の死体を見て途方に暮れる。この男は以前から教団に生きたまま連行するよう依頼されていたからだ。教団の同士達の情報を頼りに男がよく目撃されている王都の中央広場を先程まで調べていたのだが、運が悪かったというべきか。ディーナが発見するより先にクロウが男に接触していたようだった。


『遅かったね。魔術師はもう始末したよ』


「お前……余計な事をしてくれたな」


 ディーナはクロウに目を向けた。クロウはディーナが入ってきた部屋の入り口の壁にもたれかかっていた。


『大丈夫だよ。君が知りたい事はある程度調べたから』


 クロウは男の頭から直に取り出した脳をディーナに向けて投げ転がした。

 ディーナはそれを見て一瞬嫌なものを見るような表情になったが、すぐに冷静さを取り戻す。


「……悪趣味だな」


『あはは、僕にとって魔術師は人間として扱うべき存在じゃないからね。だから何をしても何も感じない。魔術師から脳を取り出すことも、その脳にアクセスして記憶という情報を引き出すのに何の抵抗もないよ』


 クロウはディーナに近づいていくと、転がっている男の脳を足で踏み潰す。

 クロウはぐちゃぐちゃの肉塊になった脳をまるでゴミでも見るかのように一瞥する。


『じゃあ話に戻ろうか。僕はこの人の脳から情報を引き出してそれを手に入れた。そして君が、というより黒の教団が知りたい事はある程度分かった』


「……内容は?」


『その前に一つだけ条件を提示させてもらっていいかな?』


「条件……?」


 ディーナは訝しげな顔でクロウを見る。内容次第ではクロウを殴り倒してでも情報を聞き出すつもりだからだ。


『そんな怖い顔しないでよ。大した事じゃないから。僕の今日の寝床が欲しいだけさ。表に出てる僕はどうやら仮の寝床にしてた場所に帰れなくなったみたいだからさ』


「……ならこれをやる。受け取れ」


 ディーナはあっさりと条件を飲むとクロウに小さな何かを放り投げる。投げ渡された物を見るとそれは何かの鍵であった。


「それは私が王都で仕事をする時に仮住まいに使っているアパートの部屋の鍵だ。何もない部屋だが、寝床にするくらいなら好きに使うといい」


『交渉成立だね。なら僕も情報を君に提供するよ。ただし、あまり良い話ではないかもね』


「早く言え。内容次第では早急に手を打たなければならなくなる可能性がある」


『分かったよ。『鴉』の第98番体が魔術師の手に落ちた事、後は王都奪還の為に魔術師達が集まって何かしようとしてること、ってことくらいだね』


 ディーナは後半はある程度予測はしていた。最近この王都には魔術師らしき目撃情報や被害が報告されているからだ。

 しかし、前者は完全に理解の範疇外であった。『鴉』は目の前のクロウ以外に現存している個体がいるなど黒の教団からは知らされていない。

 ディーナはしばし考えていたが、与えられた情報を先に報告することを優先した。


『じゃ、ぼくはこれで』


 クロウはディーナから受け取った鍵を指でくるくると回しながら部屋を後にする。


「あっ、待て……死体の処理くらいしていけ……くそっ……」


 クロウに上手く逃げられたディーナはレリフを用いた端末を取り出すと、近場にいる教団の同士へと死体の処理をしてもらうよう連絡を入れたのだった。

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