第13話

「お前、何であんな事をした?」


 エドワードのいつもとは違う、怒りのこもった声。やはり学園の事について問いただしているようだ。


「お前が喧嘩が強いのは知ってる。夜の酒場営業の時、たちの悪い酔っ払いを殴り飛ばしてるのをいつも見てるからな。だがその程度ならあんな事にはならないはずだ。何があった?」


 酒場営業の酔っ払いは相手に明確に戦う意思と理由が無い為、今回のように闘争本能に支配されることがないのだ。

 と、いうのがクロウとしての答えなのだがおそらくエドワードには理解できないだろう。そう考え、クロウはただ黙っている。


「答えられないってか?」


「…………」


「なら質問を変えてやる。お前、一体『何者』だ?」


 先程とは違う、核心をつくような質問であった。瞬間的にクロウは察した。

 ――エドワードは、自分の過去を教団から知らされている。

 クロウは珍しく動揺していた。あまり気持ちが揺れないよう訓練はされていたが、相手がエドワードという一般人であったことが油断につながった。表情には現れていないだろうが、おそらくは見抜かれているだろう。

 その動揺のせいか、喉から言葉が出てこない。


「――分かった。もういい」


 エドワードはクロウに近づいていくと、椅子に座っているクロウの胸ぐらを勢いよく掴みあげた。


「話は終わりだ。出ていくなら好きにしろ。俺は止めねぇ。隠し事してるような奴と一緒には居たくねぇからな」


 エドワードはクロウを椅子へと投げ戻すと、そのまま部屋を出ていった。

 エドワードとクロウのやり取りを蚊帳の外から見ていたアニーはしばらく呆けていた。

 するとクロウが椅子からゆっくりと立ち上がり部屋の外へと向かって歩いていく。


「クロウ……」


 その背中を見つめるアニーの目には涙が浮かんでいた。

 クロウはオリビアの外に出ると、店名が書かれた看板を一瞥すると、一人王都の街をさ迷い始めるのだった。


◆◆◆◆◆


 カラン、とグラスの中の氷が音を立てる。エドワードの部屋はモダンな雰囲気に包まれた洋室であった。その中央には木製のテーブルと椅子が置かれている。

 エドワードは部屋で一人、ぼんやりと考え事をしていた。


「――エドワード!」


 乱暴に部屋の扉が開かれる。声の主はアニーだ。エドワードはアニーに目を向ける。


「……何か用か?」


「何か用か、じゃない。クロウを追い出したのは何で?学園での事件は確かにクロウが引き起こした。けど……!」


「……学園の事件は俺が全ての原因みたいなもんだ。何も知らずにあいつをセレニティ術士学園にやっちまった。あいつが『何者』であるか知らなかった、馬鹿な俺がな……」


 エドワードは珍しく落ち込んでいるようだ。確かにエドワードがクロウに届け物を依頼さえしなければ、あの事件は起こらなかった。そのことを思い出し、エドワードは後悔していた。


「……今日、黒の教団からこれを渡された。今回の事件を王都に広めない代わりにあいつの過去を知っておけ、そうすれば二度と今回のような事にはならないだろう、とな」


 エドワードは木製の机の上にファイリングされた一つの資料を叩きつけるように置いた。そして机の上のウイスキーが入ったグラスを少し飲んだ。


「アニー……俺達は今までとんでもないやつと一緒に住んでいたのかもしれねぇ。俺の想像を越えてた……あいつは普通とは程遠すぎる存在なんだ」


 エドワードは溜め息をついてまたウイスキーを少し飲んだ。


「俺は……とてもじゃねぇがこのまま一緒に住むのは無理だと思った。むしろ何度読んでも今だに信じられねぇくらいだ。だからそれが本当か知りたくてあいつを問いただした。でもあいつは……答えなかった」


 エドワードは顔を伏せて表情を隠す。しかし表情は分からなくともアニーにはエドワードの気持ちが分かるような気がした。

 それだけの事が、この資料には書かれているという事だ。

 アニーはそっと机の上の資料に手を伸ばす。


「……どうするアニー?そいつを読んだらお前の抱くあいつへのイメージは確実に変わるぞ。お前があいつをとても気に入ってるのは分かってる……だからこそ言わせてくれ。お前がそれを読むのはやめた方が良い」


 アニーは今まで見たことのないエドワードの様子を見て葛藤する。

 ――これを読めば自分の知らないクロウが分かるかもしれない。

 ――しかし、読めばクロウという人物の抱える過去を全て受け入れなければならない。エドワードの様子からして内容は最悪といって良いだろう。


(……クロウの全てを知って、私はクロウを受け入れられるのかな?もし受け入れられなかったら……)


 考えるだけで気持ちが揺れる。それもそのはずだ。オリビアに来てからの数年間、クロウは決してエドワードとアニーに本心から関わっている素振りを一切見せていないからだ。一枚壁を隔てた向こう側から自分達を見ている、という感覚で関わってきていた。


(――私は、私は……!)


 目を瞑り、アニーは意を決して机の資料を手に取った。クロウの過去が記された資料。クロウの過去を自分が受け入れられるかは分からない。

 でもクロウの事をもっと知りたい――気になるから。


「アニー。これだけは守ってくれ。無理だと思ったらすぐに読むのを止めて俺のとこに返しに来い。俺は、お前が傷付くのを見たくない」


 アニーはエドワードの言葉にこくり、と頷くと資料を持ってエドワードの部屋を後にした。

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