第11話
――昔の記憶が甦る。
そこは手術台の上だった。手足を拘束され、口は悲鳴を上げれないよう塞がれている。
唯一固定されていない頭を動かして左右を見た。
左側には何も乗っていない手術台が置かれていた。何があったのかは分からないが、手術台の白い布は血液で真っ赤に染まっている。
「――――ッ!!」
右側に頭を向けると、瞳を見開いたまま死んでいる少女と目があった。
衣服の類いは着ておらず、頬には涙が伝った状態で事切れていた。
少女の胸から下腹部までは刃物で開かれた形跡があり、そこから肋骨や内臓が見えている。
「――やはり上手くはいかないですね」
若い男の声がする。頭を声のする方向へと向ける。その男は白衣に身を包んでいる。口にはマスクが付いており、頭には白い帽子を被っていた。
「しかしこれが成功すれば戦況は確実に我々に傾く。そうなれば魔術師の圧政から王都の人々は解放される」
若い男とは違う、野太い男の声がした。若い男と同じように白衣に白い帽子、口にはマスクをしている。
話をしながら二人は手術台に固定されている自分の方へと歩いてくる。
「これで成功してくれれば良いのだが……」
二人は自分の両脇に立つと、若い男が近くに置いていた金属のトレイから鋭く光るメスを取り出して、自分の鎖骨の間にあてがう。
呼吸が乱れる。浮かんだのは先ほどの少女の死体。今から同じことをされるのだと直感した。
「―――――!!――――――!!」
声にならない絶叫と共に、自分の体にメスの刃が入れられる。
――そこで記憶は途切れた。
◆◆◆◆◆
「ほう……先程までの気配とは違う……随分とピリピリした気配を感じるねぇ……」
クロウが無言で立ち上がった瞬間、ミラ学園長はクロウの意識が変わっている事に勘づいたようだ。
しかし、今のクロウはセレニティ術士学園で闘争本能に支配され暴れていた状態とは違い、何もせずに大人しくその場に立っているだけだった。
『――何の用?』
ミラ学園長から少し遅れてディーナはクロウの状態に気づく。今のクロウからは学園内で暴れていたあの時の気配が感じられる。
ディーナは気付かれないように右手に取り付けたレリフをいつでも起動できるよう準備をすると、クロウの動きに警戒しながら二人のやり取りを静観する。
「……さっきの質問の答えを聞かせてもらいたくてねぇ」
ミラ学園長はクロウに向かって先程と同じ質問を投げ掛ける。
「貴方は私の大事な生徒のエレノアを傷つけた挙げ句、殺そうとした。その時貴方は一体何を感じたんだい?」
クロウは表情一つ変えずにすぐに答えを返した。
『――何も。僕はただ目の前の敵を殲滅しようとしただけ。ただ、それだけだよ』
「……そうかい、分かったよ」
ミラ学園長はクロウに背を向けてディーナのいる方向へと体の向きを変える。
「ディーナ、貴方はこれからエレノアに会いに向かうつもりかい?」
クロウを警戒している最中に話し掛けられ、ディーナは戸惑いながらミラ学園長とクロウを交互に見る。
「……はい、そのつもりですが」
ミラ学園長はそれを聞いて小さく息を吐いた。そして警戒しているディーナに悲しげな視線を向ける。
「すまないが、今はこの方をエレノアを会わせないでやってくれないかい?」
「……何故ですか?」
「多分ディーナには分からないかも知れないねぇ……とにかくこの方をエレノアに会わせるのだけはやめておくれ。
貴方は昔から生真面目だからねぇ。この方に直接エレノアに対して謝罪をして欲しい、という気持ちは分かる。だけど今回は私の顔に免じて堪えてくれないかねぇ?」
ディーナは自分の慕うミラ学園長がこれほどまでにクロウとエレノアに会わせたくないという事はそれほどまでにエレノアの事を案じているのだろう、と結論づける。
「……わかりました。彼とエレノアを会わせるようなことは致しません」
その言葉を聞いたミラ学園長はほっ、と胸を撫で下ろしたようだ。
「すまないねディーナ……ありがとう」
「他ならぬミラ学園長のお頼みですから。断る理由など私にはありません」
ディーナは礼儀正しくミラ学園長に一礼すると、棒立ちになっているクロウへと視線を移す。
「ミラ学園長。彼はどういたしますか?」
「ちょっと乱暴に踏み込みすぎたかねぇ……少し待っててくれるかい?」
ミラ学園長は着ていた服のポケットから懐中時計のようなレリフを取り出す。それを棒立ちしているクロウの目の前でゆらゆらと左右に揺らし始める。
「――心を閉じて、記憶を封じなさい」
ミラ学園長はその言葉をゆっくりと二回、三回、と唱えると、レリフに魔力を流して光を灯す。そしてクロウの目の前で軽く手を叩いた。
すると、力を失ったようにクロウは前のめめりに倒れ込む。それをミラ学園長は優しく受け止めた。
「ディーナ……後はお願いできるかい?」
「お任せ下さい」
ディーナはミラ学園長から意識を失っているクロウを受け取る。そして肩で支えるように持ちあげた。
「黒の教団に入ったと知った時は心配していたんだけどねぇ……ディーナが変わっていなくて安心したよ」
「こちらこそ、元気なお姿のミラ学園長が拝見出来て光栄です。それから――」
ディーナが何を言わんとしているのか、ミラ学園長にはすぐに分かった。意識を失っているクロウの代わりに昨日起こった学園での騒動について謝罪しようとしているのだろう。
「謝る事なんてないさ、ディーナ。黒の教団からセレニティ術士学園宛に多額の補償金が送られてきているし、怪我をした生徒や警備兵に対しても怪我の後遺症が残らないよう最新式のレリフも無償で提供されたからねぇ。気にすることなんて何もないよ」
「しかし、私がもっと早くに学園に到着出来ていれば……」
ディーナは俯いて自分の無力さを悔やみ、歯を食い縛る。
ディーナが黒の教団に入ったのはセレニティ術士学園の安全と平和を守れるだけの強い力を手に入れることだったからだ。黒の教団に入りさえすれば学園を守れると思い上がっていた。
――『鴉』。予想していなかったイレギュラーな存在。それさえ無ければ学園の平和が脅かされることは無かったはずだ。
「――後悔するのはそこまでにしなさい、ディーナ」
ディーナの考えていることが分かったのか、ミラ学園長は優しく言葉を掛ける。
「貴方はこの学園の為にいつも出来る限りの事をしてくれているんだろう?そのうちの一つの結果が良くなかったからといって貴方の今までの頑張りが全て無駄になった訳じゃないんだ。もしあの時、貴方が来てくれなかったら今頃学園の人間は皆殺されていたかもしれない」
ミラ学園長の言葉にディーナは頷いた。しかしまだ納得はしていないようだ。そんなディーナの姿を見たミラ学園長はディーナに歩み寄るとその体を優しく抱き締める。
「貴方はよくやってくれているよ。だから昨日の事に責任を感じるのはやめなさい。いいね?」
「…………はい」
ディーナは震える声で返事を返した。ミラ学園長はしばらくディーナの頭を撫でながら抱き締め続けていた。
「――さあ、もう行きなさい。まだ仕事中なんだろう?」
ミラ学園長はディーナから離れる。俯いていたディーナの目元は少し赤くなっている。
「ミラ学園長、お邪魔致しました。……それでは」
ディーナは踵を返すとクロウを抱えてセレニティ術士学園のメインホールを後にした。
そのディーナの背中を眺めながらミラ学園長はそっと微笑んだ。
「ディーナ……強くなったねぇ。私はとても嬉しいよ」
ミラ学園長を光の柱が包み込む。その姿は粒子状となり、ゆっくりと消えていった。
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