第10話

「――いったぁ!?」


 クロウが王都に着いて真っ先に感じたのは激痛だった。

 どうやらレリフによって転移させられた場所が宙の上だったらしく、盛大に落下して体を強打したようだ。


「――おい、貴様!」


 そして怒声と共にクロウの頭に黒い槍が突きつけられる。

 クロウが痛む体を擦りながら顔を上げると、そこに居たのはクロウが闘争本能に支配されている時に傷つけた相手である警備兵の青年の姿だった。

 なんとクロウが転移された場所はエドワードが経営する店『オリビア』ではなく『セレニティ術士学園』の門の前だったのだ。


「貴様!昨日に続いて今日も学園に危害を加えるつもりか?答えろ!」


 昨日の事でクロウに対して明らかに敵対心を持っている青年の感情に優しさはない。

 昨日の記憶が彼の頭にフラッシュバックし、青年にある先入観を抱かせているからだ。

 目の前にいる人物は危険極まり無い、そいつがまたここに現れた、また暴れるつもりなのだ、という先入観。

 ここで自分が手を下さねばまた学園が、と青年が考えていた、その時――


「――大丈夫だ、そいつは私がここまで連れてきた」


 青年とクロウ以外誰も居ないはずの門の前から声が聞こえる。


「誰だ!姿を現せ!」


 青年は周囲に黒い槍を突き付けて声の主を探すが、姿はない。


「心を乱すな。私は黒の教団の者だ。お前や学園に危害を加えるつもりは無い」


 突如、中空に波紋が発生する。そこから歩み出てくる黒いローブの人物。右手には機械的な漆黒のレリフを付けている。

 その姿を見た青年は驚いた表情を浮かべると、手に持った黒い槍を静かに下ろした。


「――失礼致しました」


「構わない。お前に起こった事は教団から聞かせてもらった。体は大丈夫か?」


「教団から届けられたレリフの力でほとんど全快に近いところまで回復致しました。感謝致します」


「それは良かった。もし今後学園に関わる人間に対して、そこで間抜けに転がっている奴が何かしたら私が責任を持って殺してやる。だから安心しろ」


 その言葉に青年は安心したようだった。地面に転がっているクロウに怒りの眼差しを向けると、自分の持ち場へと戻っていく。


「なんでオリビアじゃなくて学園なの?ここに用はないじゃないか」


 文句を言いながらクロウは立ち上がり、服についた砂や小石を払う。


「お前に無くても私にはある。それに私は『すぐに』お前をオリビアという店まで送り届けるとまでは言っていない」


 黒いローブの人物は学園の門へと近づいていくと、『臨場休校』と書かれた門を躊躇いもなく開いて学園の敷地に入っていく。


「早く付いてこい。お前も来なければ意味がない。あまり私を待たせるな」


「……分かったよ、すぐ行く」


 クロウは小走りで黒いローブの人物を追いかけるように学園の敷地へと足を踏み入れた。


 ◆◆◆◆◆


 学園のメインホールは生徒が居ないにも関わらず、天井には青く光る球体がふわふわと浮いている。

 その球体の真下に黒いローブの人物は立つと、青く光る球体に向けて右手を向ける。そしてレリフを起動させる。ガシャリ、という音と共に右手に装着したレリフが形状を変える。

 それに反応するかのように天井の青く光る球体が一瞬強い光を放つ。そして真下にいる黒いローブの人物に向けてゆっくりと光の柱が降りてくる。


「何をしたの?」


「知らなくていい。黙れ」


 ピシャリと言い放つ黒いローブの人物は、光の柱を避けるように後ろへ少し後ずさった。


「久しぶりだねぇ……ディーナ」


「お久しぶりです。ミラ学園長。お元気そうで何よりです」


 光の柱から一人の老婆が現れる。老婆が現れると黒いローブの人物、ディーナは膝を付いてローブのフードを取った。

 右目を隠すように長く伸ばされた前髪と所々に赤いメッシュを入れた髪型の中性的な顔つきの少女の顔があらわになる。

 クロウは少し驚いていた。男かと思っていた相手が女であったという衝撃に言葉を失って立ち尽くしている。


「お前。由緒あるセレニティ術士学園の学園長の前でぼさっと立っているつもりか?座れ、土下座しろ」


 ディーナの威圧的な声にクロウは何の抵抗もなく土下座した。ディーナに対する恐怖心からではなく、単にそうしろと言われたからやっただけのことだった。


「ディーナと、ええと……お連れの方。そんなにかしこまらなくて大丈夫だから、ほら……体を上げて立ちなさい」


 ミラ学園長がそう言うと、ディーナは少し考えるように静止していたがやがて申し訳なさそうに立ち上がる。

 その少し後ろで土下座していたクロウはいまだに土下座を続けている。


「おい、お前。いつまでそうしている。さっさと立て。ミラ学園長が立っても良いとおっしゃっている」


 ディーナに言われ、土下座をやめて立ち上がる。クロウの一連の行動を見ていたミラ学園長は何かに気づいたようだった。


「お連れの方……いや、昨日わたしの学舎で大事な生徒や警備兵を傷つけた方、と呼んだ方が良いかね」


 ミラ学園長は目を閉じてクロウへと歩み寄る。ディーナはミラ学園長の行動を静止しようとミラ学園長の歩みを左手で止めた。


「……ディーナ。私はこの方と少しだけ話がしたい。この手をどけてくれないかい?」


「しかし、万が一昨日のような事になってミラ学園長にもしもの事があったら……」


「黒の教団に入ったと聞いてはいたけど、心配性な所は相変わらずだねぇ。でも大丈夫だよ。安心しておくれ」


 ディーナは少し顔を赤くした。昔の頃の事を言われて恥ずかしがっているのだろう。

 ディーナは恥ずかしがりながらも葛藤していたが、ミラ学園長の言葉を信じてゆっくりと左手を下げた。


「ありがとうディーナ。そういう優しいところも、変わってないねぇ」


 ディーナは一気に赤面して顔を手で隠してしまう。その反応をミラ学園長は穏やかな表情で眺めると、視線をクロウに向ける。


「さて、話といっても大したことじゃあない。今から質問を一つ、させてもらうよ」


 ミラ学園長は穏やかな顔つきをしているが、クロウはその心にやや陰りがあるような感覚を感じていた。


「貴方は昨日、実技棟で私の生徒のエレノアの足を傷つけて平然と殺そうとしたみたいだねぇ」


 意識が無かったクロウには何の事だか分からない事だった。ただこういう風に言われるということはつまり自分はエレノアという生徒を傷つけて殺そうとした、ということなのだろう。


「あの時、激痛に耐えながら、襲いくる死の恐怖を抱いていたエレノアに――」


 そこでミラ学園長は言葉を止めた。何か、この先は言ってはいけないような、踏み込んではいけない部分に踏み込もうとしていると感じているのだろう。

 ミラ学園長は少し間を開けて、言葉を続けた。


「――貴方の中の『本当の自分』はどう感じていたんだい?」


 その言葉にドキリ、と何故か心臓を鷲掴みにされたような今までに感じたことの無い感覚がクロウを襲う。

 痛みのような、悲しみのような自分では理解出来ない感情の波が次々と押し寄せてくる。


「――あ、れ?なに、これ……?」


 クロウは立っていられずに右手で胸に手を当てて膝を付き、前のめりに倒れそうになるのを左手で必死に支える。

 呼吸は乱れ、冷や汗が全身を伝う。

 ――おかしい

 ――おかシイ

 ――オカシイ

 目の前で戦いが起こっていないのに、周囲に戦争の気配が無いにも関わらず、意識が支配されていく。クロウの意識は黒く、黒く塗り潰され、代わりにあの時の闘争本能に支配されていく。


『――本当ノ自分ナンテ、イラナインダヨ』


 本能からの言葉が聞こえる。それと同時にクロウの意識は完全に黒く塗り潰された。

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