第9話

 あれから一夜明け、クロウは黒の教団から解放されることとなった。昨日と同じ機械的なレリフを右手に付けた黒いローブの人物が牢の鍵を開ける。


「ふあぁ……おはよう」


「のんきなものだ。昨日の一件について全く反省していないようにみえる」


 クロウは仰向けの状態でんぅー、と体を伸ばすと、ゆっくりと起き上がる。


「これでも反省はしてるつもりなんだけどね」


「そう思うなら早く出ろ。お前の戯れ言に付き合っていられるほど私も暇ではない」


 黒いローブの人物は半ば強引にクロウを牢屋から引っ張り出した。抵抗もせずすんなりと外に引きずり出されたクロウを見て、黒いローブの人物はふん、と鼻で笑う。


「まるでお前は人形のようだな。自分の意思なんてものはまるでない。あるのは制御出来ない闘争本能のみ。哀れなものだな」


 クロウは侮蔑されているにも関わらず、首を傾げた。皮肉という事が分かっていないのだろう。それを察したのか、黒いローブの人物は言葉を続けた。


「本来ならここからは自分で帰れ、と言っているところだが……教団からの指示でお前をアルバの街にある『オリビア』という名前の店まで送り届けてやれ、との命を受けた。不愉快極まりないがお前をそこまで送り届けてやる」


 クロウは『オリビア』の名前を出された瞬間、アニーへの届け物の事をエドワードにどう話すかという事を考えていた。

 クロウが即答しないことに何か嫌なものを感じたのか、黒いローブの人物は訝しげな目線でクロウを見る。


「……どうした?」


「大丈夫、少し考え事をしてただけだよ」


 クロウは少し慌てて返事を返した。黒いローブの人物は首を傾げる。納得がいかない様子ではあるが、踵を返して石で作られた階段を登り始める。クロウもその後に続いて登っていく。

 石の階段を一段、一段と上がって行く度にクロウはエドワードに何を言われるのか、と考えていた。エドワードは怒ると面倒臭い。アニーが付き添ってくれていれば良いが、昨日の一件がある。おそらくは口を聞いてもらえないだろう。


「――外に出るぞ」


 黒いローブの人物は外へと続く木製の扉を開ける。扉の間から朝日が差し込み、クロウの目が眩む。


「人形のくせに人間のような反応をするとは面白いやつだ」


「昨日一日ずっと暗闇の中にいたからね。しょうがないよ」


 皮肉を言われているのだが、意味が分からないクロウにはただの言葉にしか聞こえていない。

 クロウが新鮮な空気を吸い込みながら外に出ると、そこは朝焼けに照らされた王都アルバの街が一望できる山の上だった。


「わぁ……随分遠くまで連れて来られてたんだねぇ僕」


「お前は本当にのんきなやつだな、先に行くぞ」


 黒いローブの人物は感嘆するクロウを置いて一人でさっさと先に進んでいく。山の上に作られた簡素な木製の階段を降りていくと、切り立った崖に辿り着いた。


「お前は確かレリフが使えなかったな。教団からこれを預かっている。受け取れ」


 そう言うと黒いローブの人物はクロウに向けて何かを放り投げてきた。クロウは右手でそれを受け取る。

 それは、常に光が灯っている状態の特殊なレリフだった。青くぼんやりと発光しているレリフのコアの周りを機械的なパイプや鉄のような物が覆っている。


「教団でチューンアップした特注品だ。お前のような奴に渡すのは勿体ない代物だが、ここから王都まではそれを使った方が手っ取り早い」


「これ、どう使えばいいの?」


「お前は何もしなくていい」


 黒いローブの人物は指を弾く。するとレリフのコアを覆っていた機械的な部分が音を立てて横に開く。ケーブルで繋がれたコアの青い光が徐々に強くなっていく。


「遠方までの転移魔術を使えるレリフだ。やや座標の固定が難しいが、私の設定した値であればまあ大丈夫だろう。では先に王都に行っていろ。私もすぐに向かう」


 その言葉と共に一際強い光がレリフから放たれる。次の瞬間、クロウは崖から姿を消していた。

 一人残された黒いローブの人物の背後に男がゆっくりと歩いてくる。


「すまないな。嫌な役目を押し付けてしまって」


「……教団からの指示ですので」


 そう言うと、黒いローブの人物は右手の手の平に取り付けたレリフを起動させる。

 通常の物とは違い、光が灯った瞬間コアの周囲がガシャリ、と音を立てて形状を変える。その状態で黒いローブの人物は前方の何も無い中空を人差し指で軽く指で弾いた。すると、何も無い中空に突如波紋が生じる。


「では、行って参ります」


 背後の男を一瞥する事なく黒いローブの人物は中空に発生した波紋へと足を踏み入れる。その波紋に飲み込まれるように黒いローブの人物は姿を消した。

 そしてしばらくすると中空の波紋は無くなり徐々に元の景色へと戻っていく。

 誰もいなくなった崖の上で男は物憂げな表情を浮かべる。


「『鴉』か……彼を見ていると黒の教団が行っていることは果たして正義なのか悪なのか分からなくなってきてしまうな」


 男は身を翻す。その姿は瞬時に消え去り、辺りは静寂に包まれた。

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