第8話
「ここは、一体……?」
クロウは目を覚ますと、朧げな意識で辺りを見渡した。
薄暗い室内はジメジメとした湿気に包まれており、周りには石で組まれた壁。目の前には鉄格子がはめられている。
「牢屋……ああ、そうか……」
クロウは何故自分が牢に閉じ込められているのかを理解した。自分の持つ戦闘本能に支配されてしまっていたところを黒の教団によって力づくで止められたのだ。
「――もう目が覚めたのか」
突然、牢の鉄格子越しに声が掛けられる。
クロウが鉄格子の方に顔を向けると、牢に入っているクロウを外から眺めている黒いローブを纏った人物が居た。
右手に機械的なレリフが見え隠れしているところを見ると、おそらくは自我を失って暴走していたクロウを止めた人物であろう。
「色々と言いたい事はあるが……まあいい。とりあえずお前が暴れ散らかしたセレニティ術士学園の件についての処罰についての話でもしておこう」
「処罰、ね。妥当なところで廃棄処分ってところかな?」
「私はそうした方が良い、と提案した。お前が王都に居る限り今回と同じような被害がまた起こるかもしれないからな」
「だろうね。僕が君の立場でもそうするよ」
クロウは牢屋の中で仰向けに寝転んだ。
「しかし残念ながら教団の幹部達は今回の件についての処罰は不問、との事だ。お前を一日拘留した後、解放しろとの指示が下った」
「……教団は相変わらず甘い判断を下すね」
クロウはため息交じりに呟く。あの戦争から何年も経っているというのに教団の幹部達は今だに自分に対して負い目を感じているようだ。
「私もだ。セレニティ術士学園は私の母校だ。その校舎を破壊して生徒を傷付けたお前が何の処分もなくまた王都に解放されるのだからな。たまったものじゃない」
「それなら今すぐ僕を殺した方が良いんじゃないかな?」
「そうしたいのは山々だが構成員程度の私では幹部達の決定は覆せない。不愉快ではあるが従う他ない」
黒いローブの人物は伝えるべきことは伝えたぞ、と言い残すと牢屋を後にした。残されたクロウは牢の中で仰向けになりながらあることを思い出していた。
(そういえば、アニーに渡さなきゃいけないものがあったんだっけ。結局、渡し忘れちゃったなぁ……)
クロウの瞼が閉じていく。物凄く眠い。戦闘本能に支配された時はいつもひどく疲れる。自分の意思で支配から逃れる事が出来ないからだ。
クロウはしばらく微睡んでいたが、やがて静かに寝息を立て始めた。
◆◆◆◆◆
「本当に、彼を不問にしてよろしいのですか?私には彼が危険な存在であるとしか思えません」
牢から教団の会議室に戻ってきた黒いローブの人物はフードを取る。その下から現れたのは中性的な見た目をした少女であった。
右目が隠れるまで伸ばされた前髪、所々に赤いメッシュを入れた独特の髪型をしている。
「彼はまだこの王都に必要だ。多少扱いづらいところはあるが、勘弁してやってくれないだろうか」
会議室には一人の男が窓から王都アルバの街並みを眺めていた。眼下には平和な王都の街並みが広がっているにも関わらず、男の表情は険しかった。
「皮肉な事だ。この平和を得る為に多くの犠牲を払ってまで私の先祖が作り上げた負の遺産である彼をまた使わなければならないのかもしれないのだからな」
男は眼下の街並みを眺めながら一人葛藤しているようだった。
「彼を解放する事でセレニティ術士学園側は我々教団に対して疑問を抱く可能性があります。どうするおつもりですか?」
「私に出来る事は全て行うつもりだ。セレニティ術士学園はもちろん、『鴉』が傷付けた相手には多額の補償金を渡すよう既に同士達に指示をしてある。
負傷した者が入院している病院には我々の研究開発したレリフの中でも特にレベルの高い治癒魔術を行使できるものを送るつもりだ。しかし、それでも『鴉』に襲われた恐怖までは拭えないだろうが」
男は窓からメッシュの入った髪型の少女の方に体を向ける。
「君が母校であるセレニティ術士学園を愛しているのはわかっているつもりだ。すぐに気持ちの整理をつけるのは無理だろう。もし君が志願するなら黒の教団からの除名も考えているし、牢にいる『鴉』を殺すならそれでも良い。君の意思を尊重しよう」
男は最後にしかし、と付け加えた。
「彼が居なければこれから始まる最悪の事態は対処できないかもしれない。それだけはどうか覚えておいてくれ」
メッシュの入った髪型の少女はしばらく俯いていたが、失礼しますと言い残し会議室から出ていった。
男はなにも言わずに少女が出ていった扉を見つめながら悲しげな表情を浮かべていた。
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