第7話

 クロウは学園の実技棟に入った瞬間、自分の居場所に戻ってきたかのような感覚になった。

 悲鳴と混乱、逃げまどう人々。血だらけの死体。そして、自身が殺すべき相手達。


『やっとたどり着いた。戦場に』


 既にクロウとしての自我は無く、自分の持つ戦闘本能だけがクロウを突き動かしていた。

 クロウは無言で右手の黒い槍を実技棟の舞台の上にいる二人の少女に向ける。

 エレノアは傍らのアニーに耳打ちする。


「私が足止めするから、アニーさんは助けを呼んできて」


 アニーは驚いた様子でエレノアを止めようとするが、エレノアはレリフを灯して魔術を発動させると、必死に止めようとしているアニーを舞台上から観客席へと転送させた。


『いいの?君一人じゃ僕を止めるのは無理だと思うよ』


「舐めないで。貴方みたいなレリフを持ってない人に遅れはとらない」


『そう……なら少しは楽しませてね』


 クロウは無邪気に微笑むと、黒い槍を構えて脚に軽く力を加える。フッ、と音もなくクロウの姿が消える。そして次の瞬間、クロウがエレノアのすぐ近くに現れる。


『――いくよ』


 クロウは黒い槍をエレノア目掛けて突き出した。

 エレノアは右手を振るう。右腕のレリフの一つが灯ると同時に凄まじい突風がクロウを襲い、クロウは空高く舞い上がった。間髪入れずにエレノアは二つ目のレリフを灯す。

 魔術が発動し、クロウを囲むように無数の鉄の刃が現れる。


『無駄だよ』


 クロウは縦横無尽に飛んでくる鉄の刃の位置や飛んでくる方向、自身への到達時間を計算して最小の動きでかわしていく。

 そして飛んでくる刃の一つをおもむろに左手で掴みとるとそれをエレノアに向けて勢い良く投げ飛ばす。


「――ッ!!」


 クロウによって投げ飛ばされた刃はエレノアの白く細い足に突き刺さる。

 エレノアは激しい痛みに膝をついた。クロウは再び姿を消してエレノアの目の前に着地する。


『ほら、言ったとおりでしょ?』


 クロウは槍の狙いをエレノアの心臓がある左胸に定め、右腕を引いて構える。

 エレノアは右腕のレリフを灯そうとするが脚の痛みで集中力が乱され、魔力を上手く魔術として変換することができない。


『さようなら』


 黒い槍が心臓に向かって突き出される。エレノアは自分の死を悟った。

 

 その瞬間――


「そこまでだ、『鴉』」


 鋭い声と共に突如クロウの右手の槍が弾き飛ばされる。

 クロウは声のした方向に目を向ける。そこにはいつの間にか黒いローブを纏った人物が立っていた。


『邪魔しないでよ』


 クロウは止めを邪魔された事に不快な表情を浮かべる。

 黒いローブを纏った人物は無言のままクロウに近づいてくると、右手の手の平を向ける。その人物の手の平には通常のレリフとは違う、機械的な外装に包まれた漆黒のレリフが装着されていた。


「お前は本当にややこしいな。上から殺すな、と通達されていなければ今頃お前を処分していた」


 黒いローブの人物は手の平の漆黒のレリフを灯す。

 クロウは姿を消そうとする。しかし、体が動かない。まるで何か見えない鎖のようなもので縛られているかのような、そんな感覚が体の自由を奪っている。


「この騒動に対するお前の処罰は教団で決めさせてもらう。とりあえず今は――」


 黒いローブの人物は見えない鎖の呪縛から逃れようとしているクロウの目の前までゆっくりと歩いていく。


「――眠れ」


 クロウの鳩尾に拳が叩き込まれ、クロウは崩れるように倒れ込み、意識を失った。

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