第6話

 セレニティ術士学園の実技棟。

 中央には黒と白の石でセレニティ術士学園の校章が描かれた四角形の舞台があり、その周囲には見学するための生徒や教師用の観客席が設けられている。

 その舞台の上に立つアニーは目を閉じて精神を集中させる。


(……自分の力を信じれば、きっと大丈夫)


 ゆっくりと目を開いて眼前の相手を見る。

 今回の性能試験の相手は学年主席のエレノアという女生徒だ。

 長く綺麗な金髪に、透き通るほどの白い肌、端正な顔立ちに少し強気な目元。体つきもアニーのような幼児体型と違い、身長も高くスレンダーで無駄の無い体つきをしている。

 エレノアは自身の長く綺麗な金髪をリボンで結ってツインテールにする。彼女の戦闘前のルーティンだ。


「アニーさん、だったかしら?今日はよろしく」


「……よろしくお願いします」


 エレノアは自身の右腕に黒いグローブを装着する。グローブの指にはそれぞれ一つづつ指輪型のレリフが付けられている。

 それを見たアニーは右手に持った手の平サイズの黒い棒を左腕に付けたブレスレット型のレリフに軽く擦り当てる。瞬時にして黒い棒は両端に三角形の鋭利な刃を付けた黒い剣へと変化する。


「意外。もっと可愛い武器かと思ってた」


「大事なのは自分のレリフの力を上手く引き出せるかどうか。武器の見た目は些細な問題」


「その通りね。それじゃ始めましょう」


 エレノアは右腕を大きく振るった。右腕のグローブに装着されたレリフの一つに光が灯る。魔術の発動が行われた事を知らせる合図だ。

 瞬間、アニーの体に凄まじい突風が襲いかかる。衝撃で吹き飛ばされそうになるが、アニーは素早く右手に持った剣を指先で回転させて左腕のレリフに剣の刃を擦り当てる。

 剣の両端にある三角形の刃が光を放つ。それと同時にアニーは剣を大きく振るって襲い来る突風を切り裂いた。


「初見だと結構飛ばされちゃう人多いんだけど、やるじゃない」


「私だってこの学園の生徒だから。これくらい対応できる」


 アニーは左腕のレリフで魔術を発動させる。光が灯ったと同時、アニーは体が軽くなるような感覚を感じる。

 姿勢を低くくし、右腕の剣を後ろに引き、左手で地面に軽く触れる。

 ザッ、と床を蹴るとアニーはエレノアに向かって飛び込んだ。


「なるほど。そうくるのね」


 エレノアは二つ目の指輪のレリフを灯し、魔術を発動させる。すると疾走するアニーのすぐ近くで爆発音と共に渦を巻いて無数の炎の柱が立ち上がる。

 アニーは炎の柱をすり抜けるように左右に素早く軌道を変えながらエレノアに肉薄する。


「――てやっ!」


 エレノアの魔術を突破し、目前まで接近したアニーは右手の剣を力強く振るう。

 しかし、その一撃がエレノアに届く事はなかった。剣の刃はエレノアのすぐ近くで見えない壁に阻まれたように停止している。


「残念」


 エレノアは三つ目のレリフを灯す。エレノアの頭上に巨大な氷塊が形成される。


「これでチェックメイト」


 アニーはエレノアから飛び退いて距離をとろうとするが、先程まで軽かった体はまるで水の中にいるかのように重く、エレノアから距離を取る事が出来ない。


(――しまった!)


 アニーが気づいた時には既に遅かった。氷塊から放たれた氷がアニーの両足を凍結させアニーはその場から動けなくなる。


「私の勝ちね。アニーさん」


 自身の敗北を悟ったアニーはぺたん、とその場に座り込んだ。


「予定だと二つ目で終わると思ってたんだけど、あの軌道は予想外だったわ」


 エレノアが座り込んだアニーに手を伸ばす。アニーはしばし俯いて沈黙していたが、そっとエレノアの伸ばした手を取ろうとする。


 ――その瞬間だった。


 ドガン、という破壊音が実技棟内に響き渡る。音の発生源は実技棟の正面入口からだった。

 二人の戦いを静かに眺めていた生徒達と教師が一斉にざわつき出す。

 今しがた手を取り合おうとしていたアニーとエレノアもそれにつられて実技棟の入口へと目を移す。

 正面入口は無残に破壊され、そこから誰かが実技棟の中に歩いて来るのが見えた。右手に黒い槍、左手に大きな何かを持っている。

 その人物はアニーとエレノア目掛け、左手に持っていた何かを投げ飛ばしてきた。


(――まずい!)


 エレノアは瞬時にレリフの光を消して魔術を解除する。アニーの足の氷が消えたと同時にエレノアはアニーを抱え真横に跳躍する。

 間一髪のところで避けた二人は投げ飛ばされたものを見て驚愕する。


 それは、全身が血だらけになった学園の男子生徒であった。


 周囲のざわつきは一点、恐怖と混乱に包まれる。いたるところで叫び声が上がり、生徒達は実技棟の観客席から出ていこうとする。

 教師達は混乱した生徒達に落ち着くよう促すが、状況が状況だ。聞く耳を持つ者はほとんどいない。

 観客席の混乱をよそに、侵入者は黒い槍を引きずり実技棟へと足を踏み入れ、呟いた。


『やっとたどり着いた。戦場に』

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