第5話

 セレニティ術士学園のメインホールは吹き抜けで、ガラス張りの天井近くにはレリフを用いて浮かぶ不思議な光を放っている青い球体、そしてそれを囲むように手すりのついた廊下が配置されている。


「どうやらアニーさんは現在、実技棟での授業を受けられているみたいですね」


 クロウの前を歩いている警備兵の青年は端末に浮かぶ地図の右上に表示されている『実技棟』の部分に多数の生体反応を示す赤い波が発生しているのを確認すると、後ろを付いてきているクロウに伝える。


「実技、っていうことは何か実戦とかそういった事でもしているの?」


「実戦という程ではないですが、ケガをしない程度での模擬戦闘はありますね。この学園ではレリフを自主制作するカリキュラムが入っているのでその性能試験といったところです」


「模擬戦闘……何だか、楽しそうだね」


 クロウは戦闘、という言葉に高揚感を感じた。懐かしい、というよりはむしろそれが自分の生き甲斐ともいうような感覚に陥る。

 自分がこの学園に来たのはアニーに渡す物があるということを一時でも忘れてしまうくらい、戦闘という言葉はクロウにとって甘美な響きとして聞こえていた。


「ーーどうかなされましたか?」


 急に立ち止まったクロウに青年が声を掛ける。クロウはハッ、として我に返った。


「ごめん。少し考え事をしてたんだ」


「なら良いのですが……実技棟はこちらです。付いてきてください」


 青年はメインホールの中心から見て右側にある扉の前まで行くと、扉の横にある液晶に自分の持つ端末を近づける。

 ガチャ、という音とともに扉の施錠が解除された。


「そういう仕組みなんだ。本当にレリフって便利だね」


「この学園は王都にある他の施設に比べてセキュリティが厳重なのでこのようなレリフの運用をしているだけですよ。おそらく普通の王都の街中ではあまり見かけないと思います」


 施錠が外れた扉を抜けて、学園の廊下を青年とクロウは歩いていく。

 しばらく歩いていると、右側に『研究棟』と書かれた場所にたどり着いた。

 研究棟は透明なガラス窓で教室の内部が見えるような構造になっており、中では数人の生徒達が机の上で金属のパーツを組み合わせて各々の形に組み上げている。


「ここの方達は性能試験が終わった方達ですね。今はレリフの修繕や改良を行っているようです」


 青年が軽く窓をコツコツと叩くと、生徒達は青年に会釈をした。

 そしてすぐに青年の後ろに見たことの無い少年にいることに一様に不思議そうな顔を浮かべる。


「君、ちょっといいかな?」


 青年は窓越しに生徒の一人を教室の外に呼び出した。出てきたのは黒い短髪の少女だった。


「はい、何でしょうか?」


「授業中にすまない。ここにアニーさんという女の子はいらっしゃるかな?」


「いいえ。アニーさんならまだ実技棟です。多分そろそろ試験の順番が回ってくる頃だと思います」


「そうか、どうもありがとう。貴重な時間を奪って申し訳ない」


「いえいえ。それよりもそちらの方は……?この学園の方、ではないですよね?」


 少女の視線は青年の少し後ろで研究棟の教室内を興味津々といった様子で見ているクロウに向けられる。


「ああ、この子はアニーさんの知り合いでね。荷物を渡しに来たそうなんだが……」


 青年はクロウに歩み寄る。クロウはその気配に気づいて教室から青年へと視線を移す。


「どうやらアニーさんは今から実技試験かもしれないとのことらしいですが……どうしますか?ここでお待ちになりますか?」


 クロウは実技棟に続く廊下を見つめる。

 今実技棟では性能試験という模擬戦闘が行われている。性能試験で他人のレリフの構造を知る、または自身が模擬戦闘により自身のレリフの改良点などを体感する事によって生徒達が学びを得るのを邪魔するのは良くないことだ。

 それに、アニーが性能試験を受けている最中であればなおのことであった。

 しかし、この時クロウが考えていたのはそんなことではなかった。


(あの先から……闘争、勝利、愉悦……色々な感情と意思を感じる……戦いの、感じだ。アノときの、感……カク……ダ)


 突然クロウは自身の意識がプツリ、と切れた感覚に襲われる。そして体は勝手に実技棟へと続く道へと進んでいく。


「――おい君、どこへいくつもりだ!」 


 クロウの異常に気づいた青年はクロウに呼び掛けるが、クロウの耳には聞こえていない。足は勝手に実技棟、今まさに戦いが起こっている戦場へと向かっていく。


「――止まれ!」


 声が届かないと分かった青年はクロウの前に果敢に黒い槍を構えて立ち塞がった。


『邪魔しないでくれないかな』


 先程まで無邪気な少年のような様子だったクロウの明らかな変貌ぶりに青年は全身が強張るのを感じる。


『どいて』


 青年の眼前からクロウがフッ、と音もなく消えたと同時に青年の体は宙を舞っていた。足払いを食らったのだと認識した瞬間、続けて腹部に強烈な激痛が走り、口から血が吐き出される。

 そのまま廊下に叩きつけられた青年は指一本動かせないまま、意識を失った。

 

「きゃああああああ!!!!」


 黒髪の少女は突然目の前で起こった出来事に頭の処理が追いつかずに悲鳴をあげる。

 そんな少女など見えていないかのようにクロウは青年の横に転がっていた黒い槍を握りしめると、そのまま実技棟へ続く廊下をゆっくりと進んでいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る