第39話 貧民街(7)

 大きな貝が五つ入っている透明の容器は熱々なものだと思われるが、しかしながらルサルカはそれを何も考慮せず――正確には熱さを感じていなかったようにも思えるが――貝殻からは完全に中身が飛び出ているために、貝殻はただのアクセサリーに過ぎなかった。

 身を手に取って、そのまま口の中に放り込む。食べ方はぎこちないものではあったものの、スプーンやフォークがないのだから致し方ない。いずれにせよ、それをどう食べようとしても、美味しく食べていればオールオッケーなところがある。


「熱くないのか? 手に取って……。さっきまで鉄板で転がっていたようなものだぞ?」

「さっきまで鉄板で転がっていて熱々だったからこそ、熱々のうちに食べるのもまた乙なものだよな。うんうん、分かるねぇ、分かっているねぇ、ルカちゃん」


 アンバーまでもルサルカをルカ呼びしていては、とうとうルサルカと呼んでいるユウトが少しだけ部外者のようになってしまう。


「熱くないなら別に良いけれどさ……。っていうか、ずっとさっきから食べまくっているな。ゴイ貝ってそんなに美味しかったっけ? 歯ごたえが結構あってかなりミルク感があるのは分かるけれど」

「ゴイ貝は意外と凄い貝だからねぇ。ゴイ貝の由来は知っているかな?」

「いや……、分からないけれど」


 アンバーの言葉に、ユウトは首を傾げる。


「ゴイ貝はシェルター内部で繁殖したのではなく、シェルター外部で繁殖している。しかも、外気にある毒を浄化していて、食べても毒が貯まることはない。……無論、貝殻には毒がついているが、それを洗い流せば中身は問題ない。この世界において、希望とも言える食べ物だと言えるだろう。……ただ、一つだけ言えるのは、それを浄化の技術に応用しつつも食べ物として使っていることだよ。人間はどんなものだって食べることが出来るのかもしれないねぇ」

「……ゴイ貝の名前の由来は?」

「単純に『凄い』って意味だよ」

「えぇ……マジで?」

「大真面目に言っているよ」

「ゴイ貝も……意外と単純な由来なんだなぁ。そういや、マツダイラ都市群の奥地にあるコロシアムみたいな建物って知っているか? 実はルサルカを見つけた時も、そこを目指していたんだけれど……」

「噂だけなら。何でも旧時代の文明には、世界各地からスポーツ選手を集めて大会を開く伝統があったらしい。そして、そのコロシアムは二度にわたり開催された大会の本拠地だと言われているよ。結構変わったデザインじゃなかったかな?」

「いや、そこまでは見ていないけれど……、何か結構変わった遺物が多いとかどうとか。輪が五つ重なっているようなデザインのアクセサリーが最近市場に出回っているだろ? あれって、そこから持ってきたデザインを模倣した、って聞いたことあるぜ」

「……古代からある伝統らしいが、今は何一つ残っちゃいない。残っているのは言い伝えだけだ。今もそうだが、感染症が流行っていることもあったそうだ。今のようにマスクなしで会話をすることは出来ない、なんて書物に残っている話もあるぞ」


 それを聞いたユウトは、項垂れた表情を浮かべる。


「……それって、息苦しくないか? 外に出るマスクでさえ、かなり息苦しいんだけれど、あのマスクを常につけていたのか?」

「いや、簡易的なものだと言われているな。……でも、大変なことには変わりないんじゃないかな? シェルターは空気循環装置が備わっているし、温度も一定に保たれているから、別にそこまで気にしたことはないだろうが、昔はそんなものはなかったらしいからな。……ハンターだって、直射日光を浴び続けていると辛いだろう?」

「辛いなんてもんじゃない。さっさと水浴びしたい気分になるよ。……それについては、ハンターは誰だって思っていることだろうけれど」

「もっと簡易的なシェルター設備が幅広く存在していれば良いんだろうけれどなぁ……、やっぱりそこまで力を入れられないんだろう。シェルターとシェルターの間にある街道には、時折宿場があるそうだが、そこは完全にシェルターになっている訳じゃなく、建物が幾つか重なっているだけに過ぎないらしいからな。……っと、そこはハンターの方が詳しいかな?」

「そうだな。俺もたまには遠い他のシェルターに仕事に行くこともあるし……。ただ、数える程度だからな。今はどうなっているんだか。……ところで、そろそろ食べ終わらないと、アンナが少しつまらなそうな表情を浮かべているぞ」

「……良いもん、私はジョージと一緒に遊んでいるから」

「……それ、傍から見ると怪しまれるんだよな。よし、ルカちゃんには食べながら歩いてもらうとして……、そろそろ向かうとするか。行儀は悪いかもしれないが、それもまた僥倖。悪いことではないし、経験しておくに超したことはないよ」

「そんなものかねぇ?」


 ユウトの言葉に、アンバーは肯定も否定もしなかった。

 しかしながら、アンナの居るグループに話を聞く必要は十分にある訳だし、そしてそれを聞くのは早ければ早い程良い。もしかしたらグループの人間はアンナについて何か追加情報を知っているかもしれないからだ。知っていなかったらそれはそれで面倒臭いことになるのだが。


「……と、いうことだ。ルサルカ、行けるか?」

「…………は、はい、いけまふ」


 口に食べ物を突っ込みながら話しているルサルカは、少しだけ行儀が悪いように見える。

 しかしそんなことを気にすることなく――再びユウト達はアンナの先導でグループの居る居住地へと向かうのだった。


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