第40話 貧民街(8)

 市場の外れには、一つの大きな平屋の建物があった。建物はボロボロで今にも崩れそうなぐらいではあったが、それを微妙なバランスで保っているように見える。そしてそこには幾つもの扉が等間隔に設置されており、そこに多くの人間が住んでいることを実感させる。


「……ここに多くの人間が住んでいるとは。上の世界とはまた違う感じがあるな」

「ここに居る人は、大半がその『グループ』の人間だ。グループというのは、近しい存在の人間が集まって、そうして組織として結成される。そして結成された後は、連帯責任……或いは一蓮托生、どっちだろうね。いずれにせよ、人間は情に脆い。捨て切れる存在ではないのだよ」

「それは間違っていないかもね。実際、上の世界というのは自助で成り立っているけれど、それはあくまでも自立出来る人間だけに過ぎない。けれども、こっちの人間は自助では限界がある。何故なら自立するのが不可能だから。……でも、複数人で一緒になれば、多少は暮らすハードルが下がるだろう。要するに、共助の世界だ」


 歩いて行くと、家の前に座っている人間がちらちらとこちらを見てくる。それは強請りなのか、或いは興味なのか――それは分からない。ただ、それへの対応はアンバーは重々承知しているようで、時折声をかけてくる少年少女達の言葉を完全に受け流している。


「……ここ」


 そして、一つの部屋、その前に辿り着く。

 青髪の少年が地面に座っていた――恐らく監視の役割を担っているのだろう――が、アンナの姿を見て立ち上がる。


「何だ、アンナか。今日は帰るのが早いな。……で、そっちは?」

「やぁ、悪いね。君達のリーダーに会わせてくれないか?」


 アンバーは柔和な笑みを浮かべたまま、少年に会釈する。


「へっ。……その小綺麗な見た目からして、『上』の人間だろ? 上の人間が、こっちの世界に来て何の用だよ。面白いからやって来ているんだろうけれど、こっちは精一杯生きているんだ。別に見世物でも何でもねーんだぞ」

「まあまあ、良いじゃないか。……どうだい、一度会わせてはくれないかな。そうしたら、ちょっとは変わるんじゃないかな」

「そんな甘言――」

「どうした、誰か客人か?」


 いきなりドアが開け放たれ、中から出てきたのは短髪の少女だった。少女と言っても、格好はシャツとズボンで、少女というよりは少年に近い。しかし、輪郭や身体のバランスは女性のそれだ。


「……君がリーダーかな?」

「……リーダー? あぁ、まぁ、そういう存在かもしれないな。リーダーというか、気がつけばそういう存在になっていたのかもしれないけれど……」

「話を聞かせてはくれないかな。『グループ』という仕組みと……そしてこの子について興味が湧いているものでね」


 アンバーの言葉に少女は首を傾げる。


「ふーん、まぁ、別に良いけれど。……おたく、どういう仕事?」

「新聞記者かな。……あー、全員がそうではないよ。新聞記者は一人で行動するのが常なのさ。彼らは取り巻きだね、俺の」

「取り巻き……ねぇ。まぁ、悪くはないかな。でも、そこまで言うなら……出すもん出してくれるよな?」


 少女は手招きしながら、そう言った。

 彼女が言っている言葉の意味――それは紛れもなく情報料のことを指していた。つまり、情報が欲しいのならそれなりのお金を払え、と言っているのだ。


「……成程ね。確かに言っていることは全然間違ってはいない。寧ろ、道理としては正しいことだろうね。……分かった、幾らなら良い?」

「金貨五枚」


 少女が言った金額は、情報料としては破格の金額だ。情報料としての相場はユウト達には分からなかったが、アンバー達情報を扱う職業の人間からしてみれば、その相場は高く見積もっても金貨二枚相当だ。

 相場を知らないユウトは、アンバーの反応を見て、その金額が不相応であるということを認識した。


「……嫌なら払わなくても良いんだぜ。その代わり、この話はここでお終いだ。いずれにせよ、アンタには選択肢はなさそうな気がするな。……だって情報が欲しいんだろう?」


 少女の言葉はその通りだった。アンバーはアンナのことを、そしてグループのことを知りたい。しかしながら、グループのこともアンナのことも知りたければ情報料を払えということだ。

 自然と言えば自然ではあるが、しかしながらそれをそのまま受け入れることも難しい。


「……分かった。払おうじゃないか。ここで『払いたくない』と言えば俺達の仕事を否定することになる」


 そう言って財布から金貨五枚を取り出すと、少女に手渡した。

 少女は仰々しく受け取ると、一枚ずつ丁寧に数えて、にししと笑みを浮かべる。


「はい、どうも。……いやぁ、まさか本当に払ってくれるなんてね」

「ちゃんと教えてくれるんだろうな。これで何も教えてくれない……なんて話は通らないぞ」

「あぁ、ちゃんと話してやるよ。……先ずは客人を案内しないとな。ようこそ、我が『グループ』へ。狭い家だが、お持て成しはしてやるよ」


 そう言って少女は扉の奥へと入っていった。

 少年を見ると、少しだけ不機嫌な表情を浮かべているようだったが、ユウトの視線に気がついた少年は少しだけ表情を元に戻す。


「俺は別に認めていねーからな! 姉ちゃんがオーケーと言ったから、仕方なく認めてやっているんだからな!」


 最早彼の言葉は負け犬の遠吠え――別に負けてはいないのだが――にしか聞こえなかったが、ユウトは別にそれを指摘することなく、家の中に入っていくのだった。


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