第9話 はじめての給仕(3)

「……あの子のこと、何処まで面倒を見るつもりなんだい」


 ルサルカがお風呂に入っている中、未だユウトとマスターは会話をしていた。

 最後の客はとっくにご飯を食べ終えて、外に出てしまっている。後片付けも手伝うなどとルサルカは言っていたが、流石にそこまではさせられない――そうマスターは思ったのだろう。


「何が言いたいんだ、マスター。俺が放っておくとでも考えているのか。或いは、ルサルカを売り飛ばそうと思っていたとか」

「思っていない、思っていないよそんなことは。……けれどね、アンタは少し周りのことを考え過ぎなところがあるよ。それは別に悪いことではないけれどね、ただ、この時代には向いちゃいない。もっとね、人の悪いところを知っているはずなのに、アンタは何故かそれを分かっていない。正確に言えば、分かっているのだろうけれど、分かっていない振りをしている。……どうしてだい? そんなことをしたら、自分が割を食うだけさ。普通は、そんな感情はさっさと抱かなくなるはずなのに」

「……それはそっくりそのまま返しますよ。マスター、アンタだってそう思っているなら、どうしてここで民宿なんてやっているんだ? いや、民宿とは言うけれど実際は違う。ここは身寄りのない人間が集まって出来た、溜まり場だ。普通なら政府が目をつけて一斉排除に踏み切ったっておかしくない場所だ。だのに、アンタはここを守ろうと、働いている。それだって、俺と同じ理屈じゃねーのか?」

「……どうだかね。まあ、間違っていないとも言えるし、間違っているとも言える」


 ふわふわとした、何処か掴み所のない解答で避けていくマスターだったが、続けてさらに言った。


「……ただまあ、一つだけアドバイスはしておいてあげるよ。アンタが何をしようと思っているのか知らないけれど、人一人助けるっていうのは、想像の何倍も難しくて、何度も諦めたくなることなんだ。それは、しっかりと頭の中に叩き込んでおくことだね」


 そうして、二人の会話は終了した。



 ◇◇◇



 ユウトは自分の部屋に戻ると、直ぐに寝転がった。部屋には本のように暇を潰す道具がある訳でもなく、ベッドと机、それに使われていない日記があるぐらいだ。その日記だって、マスターが日記を付けるのは悪いことではないから、という理由で民宿に住む全員に買い与えたので、実際に自分達がわざわざ購入した訳でもなかった。

 ただ、こういう物の末路と言えば仕方ないが、自分で購入しなかった物は大抵使われない。使わなかったところで自分にダメージが来る訳ではないからだ。これが、自分が始めるために購入したた物だと言うのであれば、多少ダメージは負うのかもしれない。


「……結局、こういうのって誰もやりたがらねえんだよな。俺だって日記を書きたいかと言われると書きたくねーし」


 外を眺めると、街の明かりがネオンサインと化している。どのシェルター――でも同じらしいのだが、夜にはシェルター全体が遊び場に変貌を遂げる。

 かつては規制を入れていたらしいが、政府にも旨味があると分かったのか、今は公認となってしまっている。人によってはハンターで稼いだお金を夜のギャンブルにつぎ込む、まさに破滅型な人生を送っているハンターもいるのだとか。

 何がそこまで引きつけるのか、ユウトにはさっぱり理解出来なかったが、興味はあった。


「……でも、失敗したら怖いしな……」


 ギャンブルで失敗した人間は、数多く見てきている。


「……とにかく、これからどうするか、だけれど……」


 ユウトにも頼れる人間は何人か居る。マスターがその一人ではあったが、その人間はどちらかと言えば様々な人間とコネクションがある。仕事柄、仕方ないと言えば仕方ない人間であるとも言える。


「……明日、聞いてみるか。もしかしたら、何かしら良いアイディアが貰えるかもしれないし」


 そうなると、やはり何かしらの手土産を持っていった方が良いだろうか――などと考えながら、ユウトはうとうとと夢の世界へ落ちていくのだった。



   ◇◇◇



「……ほんとうに良い人だらけだったな……」


 ベッドの上で、ルサルカは眠りに就く前に思い出していた。

 今日出会った人達のことを――そして、今までの経験では出会うことのなかったような人々のことを。


「私は、ここに居て良いんだよね」


 それは、存在意義――或いは、存在価値を問うことだった。

 普通、見ず知らずの人間をここまで厚遇してくれるところなど有りはしない。だからこそ、ルサルカもマスターが何処まで自分を受け入れてくれるだろうか――と悩んでいたのだが、はっきり言ってそれは杞憂に終わった。


「お母様、お父様……何処に居るのかしら……」


 でも、この空間でいつまでも居ることは、きっと許されない。

 彼女の日常、彼女の標準、彼女の生活――それは即ち、家族が居てこそ成り立っているものだったからだ。


「早く……手がかりを見つけないと」


 そのためには、また遺跡に向かわねばならないだろう。

 しかし、


「何処までユウトが許容してくれるかどうか……」


 ユウト曰く、遺跡までの道のりは空気が汚れていて、普通の人間じゃ行くことは出来ない。ルサルカは何故か行くことが出来るが、それがもし多くの人間に知れ渡ったらどうなってしまうか――そんな単純なことは、ルサルカにだって分かっていた。


「先ずは……気づかれないようにしないと」


 いつまで続くか分からない、長い長い新しい日常の始まり。

 それは不安と期待、それぞれが入り交じった――とても心が安まりそうにない日常であった。


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