第8話 はじめての給仕(2)
夜も遅くなってくると、次第に人が減ってくる。それを見たマスターは、
「ルサルカ、そろそろご飯にしな。……いつ食べられるか分からないんだから、早く食べちまわないと」
「はい! ……あ、でも、良いんですか? マスターの方が大変そうですけれど……」
「アタシは平気だよ。何年この仕事をやって来ていると思っているんだい。……アタシのことは気にしなくて良いから、さっさと食事にしな。遅い時間に食事を取ると、太るって話を聞いたことがあるだろう?」
「……む、それは困りますね……」
「だろう? だったら、そこで食べな。もう直ぐ出来るから」
「いやあ……、それにしてもあっという間に終わってしまったな」
「……もしかして、お前ずっとここに居たの? 暇過ぎねえか?」
ユウトはそう言って、風呂上がりの牛乳を飲んでいた。
「そういうユウトだって気にはなっていたんだろう? いつもはこんな時間にここに来ないじゃねえか。牛乳飲みに来たのだって、いつ以来だよ?」
「今日は報酬が入ったから良いんだよ、少しぐらい贅沢したって。……どうせ金はマスターに落ちるんだし」
「でも貯蓄しておかねーと、後が大変なんじゃねーの? 死ぬまでハンター稼業は出来ねーだろ。寧ろ、若いうちに稼げるだけ稼ぎつつも、出費は抑えた方が……」
「あれ? お前知らないの? ……ここに納めたお金、後で大変な時に何割か返ってくるシステムだぞ」
「…………え? マジで?」
「あくまで噂で言われているだけだがな。でも、ほんとうなんじゃないか? そうじゃなかったら、こんな色々金せしめようなんて思わないだろ」
「そ、そうなのか……? マスター!」
ケンスケはマスターに問いかける。
しかしマスターは、落ち着いてきていたのか煙草をぷかぷか吹かしつつ、
「さあ、どうだかねえ……」
「ほら見ろ! あれどう見てもやってくれない雰囲気じゃねえか! それとも、きちんとやってくれている風に見られたくないだけなのか……?」
「まあ、そうなれば良いよな、実際。ハンターなんていつまでも食っていけるような仕事ではないことは確かだし。こればっかりは致し方ないとも言えるけれど。……後はまあ、ハンターを長く続けられるようにしていくしかない、ってことぐらいか」
「確かにな……。今でもハンターを続けるには相当な体力は必要だろうし。やっぱり若いうちに稼げるだけ稼がないとな、時は金なりとは言ったもんだ」
「その言葉、そっくりそのまま返すが良いんだな……?」
「……あ、俺明日忙しいんだった、そろそろ寝ないと」
そう言ってケンスケはそそくさと階段を登っていった。
「あ、逃げやがったな、アイツ……。いつも暇なくせに、忙しいとかそんなことあるかよ」
「ユウト。ありがとうございました」
気がつけば、ルサルカがユウトの前に立っていた。
「……ご飯はどうした?」
「もう食べ終わりましたよ。マスターをずっと腹ぺこにしてはいけませんから」
「……まー、言いたいことは分かるけれどさ、マスターは結構ワーカーホリックみたいなところがあるから、安心しなよ。それは別にマスターがどうこうするって問題だからな。俺達一般人がやいのやいの言っても意味はないんだし」
「……ワーカーホリックとはいったい?」
「何て言えば良いのかね……、要するに働きたくて仕方がない状態って言うのかな? 普通は休みがないと困るんだけれど、ワーカーホリックは先ず仕事を寄越せ、話はそれからだ――――って連中なんだよな。考えが仕事中心になっているというか。それはそれで良いんだけれどな、周りに迷惑さえかけなければ良いのだし」
「迷惑をかけている人も居るのですか?」
「あくまでもたとえだよ。……マスターがそういう人間に見えるか?」
「いいえ、全く」
ルサルカは、ユウトの問いに首を横に振って答えた。
「全く、有難いことだねえ。こんな見ず知らずの嬢ちゃんにこんなこと言ってもらえるだなんて」
「……言っておくけれど、嬢ちゃんなんて言葉で女性を呼ぶ女性って見たことないぜ?」
「聞かなかったことにしろ。でなければ明日の朝ご飯は抜きだ」
「……ひでえ。飯を犠牲にしろなんて出来る訳ねーだろ! ハンターで稼いでいるんだから、少しぐらい優遇してくれたって良いだろ」
「そのハンターだって、遺物を見つけてこないで女の子を探してくるんだからね。……アンタの家賃、何割か増しておくよ? 一応、少しは彼女にもここで働いてもらうがね」
「働いた金で何とかするようにしてくれ……!」
「あ、ルサルカ」
「はい?」
ルサルカは踵を返す。
「……ここはもう良い。だから、お風呂に入りな。慣れない仕事で疲れただろうよ。安心しなさい、ここにあるシャワーを使わせないからね」
その言葉の意味を、ルサルカは理解出来なかった。
しかし、それから数十分後、ルサルカはその言葉の意味を――理解することになる。
◇◇◇
タイル張りの部屋の中心に、銀色のジャグジーがあった。ジャグジーにはお湯が張られていて、湯気が立っている。壁にはシャワーヘッドもかけられていて、ジャグジーのところにあるテーブルに蛇口もあった。さらにはマスターが使っていると思われる女性物のシャンプーにリンス、トリートメントに洗顔剤に石けんまで備わっていた。
「……マスターは、これを言っていたのでしょうか……」
シャワーで身体を洗ったのち、ジャグジーに足先を入れる。ちゃぷん、という音が響き渡る。そのままするすると入っていき、その身体を沈めていった。
今日一日のことを、ルサルカは振り返る。
遺跡でユウトと出会い、そのままユウトとともにシェルターへ向かい、そのまま押しかけ女房的な感じでこの食堂でメイドとして働くことになった――これだけ書けば激動ではあったものの、意外にもそれに順応している自分が居た。
「……このまま、上手くいくと良いのですが」
ルサルカは、ぽつり呟いた。
それは、彼女の最終的な目的――家族を見つけること。
どんな些細なことでも良い。先ずは何か手がかりを見つけなければならない。
そう思いながら、ルサルカは一先ず入浴で身体と心を癒やすことにするのだった。
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