第7話 はじめての給仕(1)

「……もう夜か」


 ユウトが目を覚ますと、窓の外の景色はすっかり暗くなっていた。腹も減っていたので、ユウトは自室から階段を降りて、食堂となっている一階へと向かう。

 食堂となっているためか、夜にもなれば騒がしくなってくるのは当然とも言えるだろう。しかしながら、今日に限ってはいつもよりも騒がしいような、そんな感じがした。


「……何かあったかな。こんなに騒がしいことなんて……」


 そうして階段を降りると、エプロン姿のルサルカが料理を運んでいるのを目撃した。


「……えっ?」

「おう、ユウト。やっと起きてきたか。いつまで眠っているんだと思っていたよ」


 その声を聞いて振り返ると、ケンスケが傍のテーブル席に腰掛けてカレーを食べていた。

 席は二つで、一つ空いていたのでそのまま向かいの席に腰掛ける。


「……ありゃ、いったいどういうことだ」

「え? その為にマスターにお願いしたんじゃないのか。そうだと俺は思っていたけれど」

「そりゃあ、ここのモットーは働かざる者食うべからず、という物だったけれどな……。上手くいっているのか、あれで」

「スムーズではないにせよ、良いんじゃねえの? ほら、周りを見てみろって」


 そう言われて、ユウトは周りを見てみると――。


「おい、あの子っていつも居たっけ? なんか可愛らしいというか可憐というか清楚というか……。言葉に出来ない美しさみたいな物があるよな」

「あどけなくて、ぎこちなくて……。でもそれが良いよな!」

「うんうん。分かっているなあ、分かっているなあ。……いやあ、女子が入るだけでここまで飯が美味くなるなんて――」

「今の言葉、聞き捨てならないねえ?」


 カウンターの奥でにやりと笑みを浮かべているマスターを見て、直ぐに噂話をするのを辞める面々。


「……成る程ね。良い感じに看板娘として扱うようにした、って訳か」

「あ、ユウト。今降りてきたんですか。遅いですね」


 ユウトに気づいたのか、ルサルカがユウトとケンスケの居るテーブルにやって来た。


「いや、先ずは水をもってこいよ」

「あ、失礼しました……」

「ユウト、そりゃねーだろ。ルサルカ、きっとあの格好をユウトに見て欲しかったんだぜ」

「そうかな。……まあ、だとしても先ずは客に対する対応をするのが普通なんじゃねーの。たとえ知り合いであったとしても、プロとして振る舞うのは当然だろ」

「ユウトって、時折変なところあるよなあ……」

「はいはい」


 ケンスケがカレーを掬って、残りを食べ始める。

 ルサルカはユウトの前に水の入ったコップを置くと、


「ご注文は?」

「カレーで良いよ。……何だかコイツのを見ていると食べたくなってきた」

「はい。かしこまりました。マスター、カレー一つ!」

「はいよ!」


 ルサルカは笑顔でまたカウンターの方へと戻っていった。


「それにしても……、意外だな。あっさりとこうも受け入れてくれるとは。まあ、これぐらいしてくれないと困るんだけれどな。完全なお嬢様で、仕事なんてしたくありません! なんて言われたら、ここに置いていられないからな」

「置いていられない……って、どうするつもりだったんだよ。ほったらかすつもりだったのか?」

「それは……その時考えていたと思うよ。いずれにせよ、ルサルカがどう動いていくかはルサルカが決めるんだし。俺はあくまでもそれを手助けしただけに過ぎないからな」

「そういうもんかねえ……」

「お待たせしました! カレーです!」


 カレーライスの入った皿を持ってきたのは、あっという間のことだった。


「カレーはいつも思うけれど直ぐ出来るよな……。もしかして既にストックでもされているのか?」

「いや、普通に考えて大量に鍋で煮込んでいるから、ご飯をよそってカレーをかけるだけで終わりだからだろ……」


 お盆から皿とスプーンを取り出して、テーブルに置く。カレーの脇には漬物が載せられていて、これも隠れた名物となっていた。


「それじゃ、頂くとするかね……」


 カレーとライスを掬って、それを口に入れる。


「……何というのかなあ、この深みのある味付け、っていうの? 他の食事じゃ味わえないんだよな……。何でマスターってこんな辺鄙な宿やっているんだろうな?」

「好きでやっているんだよ。それぐらい分かれ」

「あー……地位や名誉より別の物が大切だと思った、ってことか? だとしても、それはそれで素晴らしいことだと思うけれど……」

「まあ、それはそうだなあ……。でも、これだけ美味い飯作れるなら、もっと良いところに就職とか出来たんじゃねーの? 高望みかもしれねーけれどさ」

「……身分という物があるんだよ、ユウト。それぐらい分かっているだろう?」


 シェルターの中では、身分という物が幅を利かせてくる。

 ユウトやケンスケ、マスターのような一般市民は、たとえハンターのような職業であったとしても一般市民止まり。一般市民には一般市民の制約が課せられる。

 そして、シェルターを統括し管理する人間に上がるには、その身分にならなければならなくなり、身分もなろうと思ってなれる物ではなく、大抵のパターンで世襲制となってしまっている。

 つまり、天地がひっくり返らない限り、一般市民がシェルターの管理側に回ることはない。


「身分ってのは残酷な制度だよな。幾ら優秀であったとしても、身分が良くなければ上に進むことは先ず有り得ない。逆に優秀でなかったとしても、身分が高ければ上へ進むことが出来る。非情な制度ではあるけれど、これを替えるには圧倒的な『力』が必要だ」

「……難しいんですね、このシェルターの制度って」


 ルサルカはお盆を抱えて、ユウトのテーブルの前で話を聞いていた。


「難しい話と割り切るのも良いのかもしれないけれどな。どうせ変わらないんだから、少しは周りだけでも良いように生活を持っていけば良いのだし」


 そう言って、ユウトはカレーをかっ込んだ。

 それは、これ以上つまらない会話を続けて、食事を不味くしたくないという合図だったのかもしれなかった。

 だから、この会話は、ここで終わった。


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