第6話 マスター(3)
整理整頓がある程度終わった頃になって、マスターがノックもせずに中に入って来た。
「おや、随分綺麗になったようじゃないか。……正確には、上手くゴミを仕舞い込んだ、とでも言えば良いのかね」
「ゴミを溜め込んだのはマスターだろ……ってか、これをゴミというのは認めるのか」
「ゴミをゴミと言わずに、何をゴミと言うんだい?」
一理あるようなないような、場合によっては悪者が言いそうな台詞を吐き捨てるマスター。
「……とにかく、人一人が眠れそうなスペースだけは確保出来たようだね。それは何より」
「眠れるスペースさえ確保出来れば良いと思っていたのか……? いや、最早何も言うまい。取り敢えず、ベッドの布団はちゃんと干した方が良いと思うけれど。流石にこれに人を寝かせるのはどうかしていると思うぞ」
「……そんなことする訳がないだろう。そういうことをすると思っていたのか? だとしたら、とてつもなく馬鹿な考えだな。アタシだって少しぐらい考えているよ、ほら見ろ」
マスターは良く見ると何かリュックのような鞄を片手で背負っているようだった。その鞄は上半分が透明になっていて、そこには布団が詰め込まれているように見えた。
「……何だ、それ? 布団って、そんな袋に詰め込んでいたのか?」
「アタシのお気に入りの布団だよ。こっちに入れておいて、たまに使っていたんだけれどね。……まあ、これも最近は使わなくなったからどうしようかねえ、なんて思っていたのだけれど、使えるなら使っちまった方が良いって話だ。……これでも高級布団の一種なんだぞ?」
「確かにふかふかです……」
「って、いつの間に!」
ケンスケが目を離した一瞬の隙を狙って、ルサルカは布団にくるまっていた。
「はっはっは。この布団を気に入って貰えて嬉しいよ。アタシも用意した甲斐があるってもんだね。……さて、じゃあ、この布団は要らないね」
そう言ってずっと敷かれたままだった布団を剥がしていく。
布団は無造作に丸め込まれて、再び鞄に入れられる。
「どうするんだ?」
「どうするも何も、クリーニングに頼むのさ。うちにはああいう布団を入れられるような洗濯機は存在しないからねえ……。まあ、普通に洗濯するぐらいなら、サイズは大きくなくて良いのさ。別にあってもなくても使わないからね」
「洗濯機とは、そんなに高級な物なんですか?」
「……アンタ、洗濯機も知らないのかい。流石に世間知らずにも程があると思うんだけれどね」
深い溜息を吐いたまま、マスターは鞄と一緒に持っていたある物をルサルカに投げ込んだ。
「……これは?」
「まさか、うちで住もうって言うのに、何もしないつもりで居たのかい? そりゃあ、まるでお姫様みたいだけれど、うちではそうはいかないよ。どんな人間でも働いてもらう。働かざる者食うべからず、とは誰が言った言葉だったんだっけね?」
「誰が言ったんでしょうね、ええ、全く……」
ケンスケはそれを聞いて、苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
きっと、それを散々聞いている立場の人間なのだろう。しかしながら、ケンスケはそう考えているならば、もしかしたら働いていないのだろうか――などとルサルカは考えたが、
「今、俺が働いていないみたいに考えなかったか?」
「そりゃあ正解だねえ。見る目があるじゃないか。コイツは科学者モドキだよ。ちゃんとした発明品も生み出せなくてガラクタばかり生まれているんだから」
「モドキじゃなくて未来の科学者になるんだよ! ……くそっ、俺だってちゃんとすれば良い物を作り出せるはずなのに」
「だったら、さっさと作ったらどうだい、未来の科学者モドキ? いっつもユウトに食わしてもらって、恥ずかしいとは思わないのかね」
「……何を言っているんだよ、俺はちゃんとユウトのサポートをしているんだよ。ユウトが使っている拳銃だって、俺が調整しているんだぜ?」
「でも、肝心なときに上手くいかないんだろう。それってどういうことなのかね、やっぱりモドキが作った物はモドキ止まりなのかね」
「モドキモドキ五月蠅いな……。俺だって全力で頑張っているんだよ! ……ただ、結果が伴わないだけで」
「それを、アタシは言っているんだけれどねえ。……まあ、いいや。とにかくルサルカ、アンタも仕事をしてもらうからね。なあに、別にいきなり戦場に放り込んで銃を撃て、なんて言わないよ。そこまでひどい人間じゃない。ライオンみたいに、いきなり子供を崖から突き落とすなんてこともしない。アタシは優しい性格だからねえ、この性格で何とかここまでやって来たのだし」
「何言っているんだか……。俺達に対してそんなこと一言も言ったことないじゃねえか」
「アンタ、今日の晩飯抜きね」
「何も言っていません最高ですマスターッ!」
飯がかかると、このざまだ。
人間というのは、意外と単純な生き物だと言えるだろう。
「……これは、エプロン……ですか?」
「ああ、そうだよ。そしてそのドレスで仕事をしてもらう訳にもいかないからね。……サイズが合うかどうか分からないけれど、これを身につけてもらおうか。そしてその上からエプロンを着けるんだよ。……まさかとは思うけれど、エプロンの着け方ぐらいは分かるだろうね?」
「……?」
マスターはあくまでも冗談のつもりで言ったようだったが、しかしながらルサルカの反応はゆっくりと首を傾げるだけだった。
それを見て、マスターはさらに深い溜息を一つ。
「……ユウトはいったいどういうつもりでこの子を連れてきたんだろうね?」
「マスター、それを俺に聞くつもりか。だったら、答えは一つ。――俺が聞きたいだ」
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