第10話 シスター・ジュディ(1)
次の日、ユウトは一人第七シェルターを歩いていた。第七シェルターの中でも、カーストが低い部類に入るコモンストリートと呼ばれるエリアだ。コモンストリートにはハンターだけではなく、働くことを辞めた人間も屯しており、第七シェルターに住んでいる人間の大半がこのエリアに集中していると言われている。
そして、ユウトがやって来たのはそのコモンストリートの中心付近にある教会だった。
「……今日も大盛況だな」
正確には、毎日食事を求めてやって来る浮浪者の大群が、何故だか奇妙に整列して待機しているだけだった。普通、ここまで荒れた人間ならば、素直に列に並んで待つことなどしなさそうではあるが、しかしながらここに通っている人間は殆どがそれを守っている。
列の脇から教会に入ると、女性の声が聞こえてきた。
「はいはい! 未だありますからね、慌てなくても良いですよー」
柔和な、包み込むような声――その声がする方を見ると、修道服を着た金髪の女性が袋詰めされたパンを並んでいる浮浪者に配っていた。
「……今日も大賑わいだな。いつまで続けるんだ、これ?」
声をかけると、シスターは呟く。
「いつだっても続けますよー。人々を助けるのが、私達修道女の勤めですからねー……って、あれ。ユウトくんじゃないですか、いったいどうして?」
「ちょっと聞きたいことがあってな……。忙しそうなら、別の日にした方が良いか?」
「いえいえ! 取り敢えず、後少しで終わるのでそれまで待っていてもらえませんか? 一時間もすれば終わると思いますし。そのままさっくりお祈りでも捧げといてくださいよ」
「そんな『ちょっと野暮用で』レベルで祈りを捧げて良いのかよ……。まあ、いいや。それなら少し待つことにするよ。話も長くなるだろうし」
「分かりましたよー、それじゃあ待っていてくださいね。はいはい、並んでいてくださいね! 充分な数は用意していますから!」
こう毎日配給をしていると大変だな――などとユウトは思いながら、教会の奥へと向かっていった。
教会の奥にはステンドグラスが置かれていて、それが日差しが入ることで煌々と照らされている。神秘的にも見えるし、ステンドグラスの傍に置かれている十字架が照らされているためか、何処か優しい雰囲気すら漂わせていた。
「……取り敢えず、言われた通りに待ってみるか……」
教会には長椅子が置かれている。これは祈祷をする市民のために設置された物だ。時折、シスターや神父が色々と話をする際に座って聞くことが出来るスペースとなっている。とはいえ、それが一杯になるぐらいの人員が入ってくるかと言われるとそうではなく、現実にはこのように配給の時間に多数の人がやって来て、それ以外は閑古鳥が鳴くような事態になっていたりするのだった。
「お待たせしました、ユウトくん」
シスターが配給を終えてやって来たのは、それからちょうど一時間後のことだった。
「まさかほんとうに一時間で終わらせてくるとは……。最早店員と同じじゃねえか?」
「客商売をしているつもりはありませんけれどね。ともあれ、今日のノルマは達成です。さて、ユウトくん、どうして今日はこちらにやって来たのでしょう? 神に懺悔することがあれば、何なりとお申し付けください。あ、これ余ったパンと牛乳ですけれど、要ります?」
そう言って手渡してきたのは、袋詰めされたパンと紙パックの牛乳だった。
正直、ユウトぐらいの食べ盛りにとってはこれだけでは足りないぐらいではあったのだが、ないよりはマシだ。それに、食べられない人間だって居るのだから、これで文句を言えるのは未だ贅沢だと言えるだろう。
ユウトは有難くそれを頂戴すると、話を始めた。
「……シスター、一つ聞きたいことがある」
「ジュディで良いですよ……って何度言ったかも覚えていないぐらいですが。何かありましたか?」
「……それなんだけれどさ、シェルターの外にある空気を吸っても何の影響もない人間って、今までに聞いたことあるかな?」
「……いえ、流石に聞いたことはありませんが。そんな人間が見つかったのですか? だとしたら、とんでもないことになりそうですけれど。先ず、その人は実験に使われて、生きて戻ってくることはないのかと思います。勿論、聖職者としてそれは止めたいことではありますが、科学を信奉する学者から言わせてみれば、人間の進歩のため致し方ない――などと言うでしょうね。ともあれ、それが起きるとするならば大問題でしょう。ただ、それを受け入れる人間が多数なのも間違いありません。少なくとも、あのガスによって人々の生活圏は大きく減少してしまったのですから」
「……そうか、そうだよな。それは、俺にだって分かっている。分かっているからこそ……大問題なんだ」
「その人は、今何処に居るんですか?」
「アネモネだよ。俺が居る民宿兼食堂。……今はそこで給仕として働いている。と言っても、昨日から働き出したばかりだけれど」
「それは、マスターもご存知なんですか?」
「隠し通せる訳がないだろ? あのマスターに隠し事なんかして、もしバレたら折檻じゃ足りねえよ。追い出しとかされるかもな」
それを聞いて安堵の溜息を吐くジュディ。
「それを聞いて少しだけ安心しました。……少なくともあのマスターなら何とかなるでしょう。彼女は一応ハンターとしては現役時代腕をふるっていたはずです。その腕が鈍っていなければ、未だに良い戦力として動けるはずですから」
「おいおい、それじゃまるでこれから俺達が何か大きい権力と戦うことになるような言い回しじゃねえの?」
「そうじゃないんですか?」
きょとんとした表情を浮かべるジュディを見て、深々と溜息を吐くユウト。
「……そりゃあ、そうなんだけれどな。ええと、何故ここに来たのかというと……、あの遺跡についてなんだよ。遺跡と言っても一杯あるか……、ええと、ここから一番近い遺跡、『マツダイラ都市群』についてだ」
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