第4話 中学生のころのお話そして現在その2 両角純夏編

 両角「入野さんっ!」


 笑顔をこちらに向けてくる大きな丸眼鏡の子。名前はたしか両角純夏もろずみすみか


 両角「きょうもおしっこ、飲ませてくれる?」


 あの出来事があって以来、しばらくその話題でもちきりだった。


 両角「入野さんてすごいよね、あんなこともできるし、こ、こんなことにもなっちゃうなんて……」


 そうかな〜、なんて照れてる。かわいいっ。


 両角「わたしの前からいなくならないでよ?」

 入野「もちろんだよ〜」


 なんて言ってたけど、けっきょく疎遠に。


 両角「はぁ……あの子、今頃なにしてるのかしら……」


 思い出すたび、作業の手が止まる。


 両角「元気にしてるといいけど……」


 連絡手段も思いつかず、年月だけが過ぎていく。


 未咲「ぶぇっくしょーい!」


 とんでもないくしゃみが聞こえたみたいで、それでもわたしはなお背を向け続ける。


 玲香「……」


 あのころのもやもやが晴れない。それだけが唯一気がかりだった。


 玲香「どう捉えたものかしらね……」


 中学生の頃に話を戻すと、当時未咲は五人の女の子と関係をもっていて、そのうちのふたりがわたしたち玲香と純夏だった。


 それ自体に関しては未咲の特殊体質のおかげもひとつあったかもしれないが、ほんとうにそれだけが未咲をもてもてにした原因だろうか。


 確証は持てない。だけど、あの未咲の生まれ持った天真爛漫さから想像されることはたくさんある。そのどれもがいずれの関係にも作用を及ぼし、格別に甘い時間を生み出していたのだと。


 未咲はとにかく愚直で、ほかの誰も想像できないような努力をきっと裏でたくさんしていたんだと思う。本人の自覚なしに。


 それがわたしたちを惹きつけてやまなかったのだろう、と。


 中学生の頃まではおおむねその解釈でよかった。だけど大人になったいま、それで片付けてしまうのはいささか不格好だ。


 具体的にことばにするならば、彼女は徹底して敵を作りたがらなかった。それは大きな武器だっただろう。わたしたちには想像もつかない世界だ。


 わたしはあの頃、両角純夏をひどく憎んでいた、んだと思う。どう考えても第一発見者はわたしだったのに、あとから入られてきてちょっとむっとしてしまったことはあったかもしれない。


 それは反省している。だけど、彼女にもいったん振り返ってもらってその点に関しては反省してもらいたい。ただ、連絡先は見当たらない。


 玲香「うまくはいかないことだらけね……」


 いくつも時間が経ってしまった。思考の整理もままならないまま、ただ未咲のもつ不思議さにひたすら翻弄され続けてきたようだ。


 玲香「あの子って本当に……」


 罪作り。それは言い過ぎにしても、それくらいのことばは未咲に背負わせても構わないだろう。それくらい大変なことをしてしまったのだから。


 玲香「今度会ったらただじゃおかないんだから……」


 そこまで思い詰めるようになっていった。


 ♢


 それからわたしはいくつものパーティーに参加し、あらゆる人たちとの親睦を深めていった。


 だけど少し、物足りなさを覚えていた。


 玲香「あの子のおしっこが飲みたい……」


 こんなこと、こんな場で思うなんてどこまでも不適切だ。口にしようものなら、たちまち周りから白い目で見られるのは明白だろう。ただ、どうしてかな、そう思ってしまった。何を飲んでも、あの子のそれには敵わないからだ。


 玲香「……こんなことしてる場合じゃない!」


 すぐさま会場を飛び出し、あの子のいる場所へ向かう。どこかはわからない。だけど、わたしの進む方向に彼女がいるような気がして。


 着いたのは、波打ち際だった。


 未咲「玲香ちゃん……?」

 玲香「はぁ、はぁ……やっぱりそこにいたのね」

 未咲「どうしてここがわかったの?」

 玲香「そんなもの、勘よ……」

 未咲「すごい……わたし先越されちゃったかもなぁ……」


 一番訊きたかったことを、いま訊いてみる。


 玲香「あんたのおしっこ、まだ味するのよね?」

 未咲「ううん、しないよ?」

 玲香「嘘……嘘よ……嘘だと言って!」

 未咲「ほんとほんと。こないだ味わったとき、もうヘンな味してたでしょ?」


 つまりいまのいままで夢を見ていたのはわたしのほうだった、と。


 玲香「うっ、うぅっ……」

 未咲「泣かなくてもいいのに……普通に戻っただけじゃない」

 玲香「そうかもしれないけど……うわぁぁぁん!」


 こんなに泣く玲香ちゃん、ひさしく見なかったかも……。


 未咲「玲香ちゃんも普通に戻って。そしたらもう悲しまなくて済むでしょ?」

 玲香「嫌だ……! あのままの未咲がよかったのに!」

 未咲「そんなこと言われてもな……あっそうだ! 玲香ちゃん、いまおしっこ出せる?」

 玲香「出ないわよ……」

 未咲「まぁそう言わずに。ほら、立って?」

 玲香「うん……」


 子どもっぽく返事をして、玲香ちゃんはすっくと立ち上がった。


 未咲「じゃ、出してみて?」

 玲香「わかった……」


 しょろろっ。


 未咲「! これすっごくおいしい!」

 玲香「……?」


 何が起こってるのかわからなかった。念のため確認。


 未咲「玲香ちゃん、膀胱になにかジュースでも入れた?」

 玲香「入れてないわよ……誰がそんな変態プレイに興じるものですかっ……」

 未咲「よかった……じゃ本物だねっ」

 玲香「そうなるわね……えっ?」

 未咲「つまりこれからは、玲香ちゃんがわたしの代わりにおいしいおしっこが出せるようになるの」

 玲香「えっと、喜んでいいのかどうかわからないんだけど……喜んでいいのよね、これ……?」

 未咲「うーん……いいんじゃないかな?」

 玲香「あのねあんた……軽いノリで言うけど、もしこれが病気だったらどうするつもりなのよ!」

 未咲「きっとね、心配はいらないよ。わたしが経験してきたんだもん、保証するよ」

 玲香「これ、いつまで続くのかしら……」

 未咲「そうだなぁ……大人になってからだと……死ぬまでかな」

 玲香「やっぱり無理! わたし死ぬ!」

 未咲「あぁん、それだったら死ぬ前にいっぱいのませてぇ〜っ!」

 玲香「近づくな離れろっ! あとその『いっぱい』って『たくさん』の意味じゃないでしょうね?!」

 未咲「もちろんっ! だからこっち来て、れ・い・か・ちゃんっ!」

 玲香「やめろーーーっ!」


 大変になりそうだ……。

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