四十五 無月たばかる

 翌未明、雨が上がってかずは眠りについた。

 それを見計らったように、果心を無月が訪れた。

 流酔は、まだ目覚めていない。

「遠耳と巳乃みのでは、やはり果心さんにかないませなんだな」

 流酔の枕元に座す果心の隣に、ふわりと腰を無月は下ろした。

かたき討ちか」

 並んで眠り続ける流酔とかずに、半眼を落としたまま言うと、

「いやいや、この上、誰が果心さんを倒せましょうや」

 大げさに、両のてのひらを無月は振って見せた。

「ならば、何用じゃ」

「ここにあって、弾正に義理立てすることもありますまい」

 無月の言葉が終わらぬうちに、

「その気はない」

 果心は返した。

 その答はとっくにわかっていたという顔つきで、

「実は、我らがかしらが、是非にもか果心さんに会いたいと申しましてな」

 無月が言うと、

「会っても同じこと」

 答えた果心に、しばらく躊躇ちゅうちょしたように、言葉をためて、

「段蔵さんなんですよ。我ら一党の頭は」

 なぞなぞの答を、もったいぶって明かす子どものように無月は言った。

 たちまち果心の全身に殺気がみなぎる。

「段蔵さんはね、さすがに今度のことはそのままにできないって、お怒りでね」

 ここで一拍置いて、

「果心さんが我らのために働くならゆるしもするが、さもなくば、消えてもらう、とおっしゃいましてね」

 無月が続けると、

「どこにいる」

 初めて視線を無月に果心は投げる。

「清明神社でお待ちですよ」

 やはり、遊び場を決める子どものように答えた無月の言葉が終わらぬ前に、果心の姿は消えていた。

 座したまま、雨上がりの山の稜線りょうせんを細くい始めた暁光ぎょうこうをしばらく眺めながら、懐から取り出した得意の針を、目の前で死んだように眠る流酔の心臓に、まずは突き立て、びくっと痙攣けいれんした流酔には目もくれず、続けざまに、隣で寝息をたてているかずの胸にも、二本目の針を無月は刺した。

 流酔同様に痙攣して両眼を見開いたかずの瞳にかすかな違和感を覚えたが、

「長居は無用か」

 これみよがしに二人の胸に針を立てたまま、姿を無月は消した。

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