三十九 瓜

 奈良から京へ向かう街道に、果心と左京大夫はいた。

 久秀の手の及ばぬうちにと急いでいたが、京に近づいてやっと二人は一息ついた。それへ、いっぱいにうりを積んでいく二台の荷車が通りかかったので、

「その瓜をくださらぬか」

 と、先頭の荷車を引く男に果心が声をかけた。

「悪いが、これはすべて届け物でな」

 後ろの荷車を押していた頭領らしい男が言うと、

「これにおわすは、さるお公家くげ姫君ひめぎみでな、咽喉が渇いたとおおせによって、一つ、御所望ごしょもうじゃ」

「いかに姫君の御所望じゃとて、おゆずりできぬ」

「一つぐらいよかろう」

「われらが責められる」

 切り捨てるように言って、二人の横を通り過ぎてしばらく荷車を押した男が、

「ここで休むぞ」

 その声で、荷車を押していた人夫どもは、一様いちように汗を拭い、瓜を一つずつ手にするとめいめい腰を下ろしてほおばった。

 そのさまを見て荷車の後ろから、

「届け物と言いながら、しょくしておるではないか」

 と、果心の投げた言葉に、

「これは、我らがあらかじいただいておる物じゃ」

「ならばよい。己の分は己で作る」

 言って、人夫どもが吐いた瓜の種を果心が拾い集めるのを、ちょっとした余興のように眺めながら、瓜をほおばってはまた種を人夫どもは吐いた。それも集めて、道端に転がっていた小枝を拾ってその先で耕した地面に種をき、腰に下げていた竹の水筒の水を果心がかけると、たちまち伸びた蔓に、たわわに瓜が実った。

 それを一つ取って左京大夫に渡し、

「せっかくじゃ。皆の衆にも振る舞おう」

 果心が言うと、皆々喜んでこれをすっかり食べてしまった。

「さあ、都までもうひとふんばりじゃ」

 頭領らしい男が声をかけたところ、山のように荷車に積んであったはずの瓜がすべてなくなっている。

「これは……」

 はじめは何かの間違いかと思ったのか、その辺りを人夫どもは探していたが、

「あやつの仕業しわざか」

 気がついて果心を探したが、どこにもいない。

 行く手を見ると、かなたを幻のように果心と左京大夫が歩いている。

「追え」

 言われるまでもなく、いっせいに駆け出して旅人を何人も追い抜いたにもかかわらず、二人の姿に人夫どもが追いつくことはなかった。

 空の荷車を捨てて走る男たちを愉しそうに見送りながら、果心の横に腰を下ろして口についた瓜の果汁を、左京大夫はそっと拭った。

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