三十六 義興急死
長慶の元に左京大夫が返されてしばらくは疑念を抱いてはいたが、どうやら左京大夫に返事はなかったように義興には見えた。
役目を、無月が果たしたためかとも義興は思ったが、久秀の首をその無月が持参することはなかった。ばかりか、以後、ぷっつりと
その義興が、急死した。
初めて義興の
「胸をかきむしるようにして……」
と、両眼を見開いたまま
義興の身体に傷はなく、毒を盛られた
女も厳重に調べられたが、怪しむところは特になかった。
三好一族の間では、
「久秀が
との憶測も流れ、長慶の従兄弟である三好
「確かな
小声で言いながら、薄い笑みを久秀は浮かべた。
結句、
「心の臓の発作……」
という薬師の見立てで決着がついたが、いずれにせよ、三好の
葬儀を営む長慶の
それを見ながら、いよいよ己に大きな転機が巡ってきた実感を得て、内心、久秀はほくそ笑んだ。
ただ、目立たぬようにその長慶を支える左京大夫、つまりは楓の献身ぶりを目にして、暗色の染みのような何かが身中に滲んで広がるような感触を、久秀は覚えた。
多聞山城に帰って、
「義興は、誠に心の発作で死んだのか」
さっそく果心に久秀は問うた。
「誰ぞの刺客にありましょう」
果心が答えると、
「六角か、筒井か」
これは半分自問のように久秀が口にしたのへ、
「さて、いずれにせよ、手を下したのは、夜伽の女にございましょう」
答えた果心に、
「ほほお、夜伽の女が、いかにして薬師の見立てを欺いたのじゃ」
久秀はいかにも興味深げに問うた。
「おなごを抱いて男が精を謝する刹那に、そやつの、どこぞの
「秘孔?」
「人体のつぼにございます」
「それは面白い。そのつぼがどこにあるのか、教えてくれぬか」
「男に教えるおなごはおりませぬ」
「なるほど、おなごほど、底の知れぬ者はないの」
珍しく、そんな感歎を漏らして、
「ときに果心」
改めて果心に久秀は呼びかけた。
半眼を果心が向けると、
「楓に……」
そこで言葉を切って、
「左京大夫の……」
言い換えて、
「顔盗みとは別の、何か、術をかけたのか」
久秀は尋ねた。
「別の術とは?」
果心が問い返すと、
「義興の葬儀に参っておったが、どうも以前の楓ではないように見えてな」
長慶を支える楓に
「以前とは違う?」
「ずいぶん優しゅうなった。いや、少なくとも、あれほどわしを気遣いはせなんだ」
「それならば、我が術に範疇にはございませぬ。心まで開かせることはできませぬゆえ」
果心の言葉に、
「なれば、左京大夫になって楓は、長慶に心を開いた、ということか」
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