二十五 信貴山城落成の夜
久秀の前に興福寺が屈した
「いや、見晴らしがすばらしゅうございますな」
などと見当違いな称賛をする者もあったが、たいていは、
「いかなる敵もこの城にたやすく攻め込むことはできますまい」
「ここから
などといった世辞である。
久秀は気に入らない。
久秀の囲う女どもも口々に
そんな中で、ただ一人、
「これでますます殿には恐いものなどなくなりましょう」
言って、ひとしきり笑い声を上げてのち、
「たとい、父、
これは、久秀の
両親を早くに亡くして
長慶は、十歳で父、
久秀と長頼を
しかし、このごろになって、その妻、えいを長慶の放った
己の夫ではあるが、当の妻、えいは、家臣として久秀を見下していた。
そんな母を、
「母上」
「なんじゃ」
「お控えなさいませ」
低い声でたしなめて久通は、このとき十八歳。先妻の子である。
「久通」
「は」
「捨て置け」
「なれど」
「確かに今のわしに恐いものなどない」
切り捨てるように言いながら、久秀は上機嫌だった。
だが、
久通や側近の何人かがついていこうとすると、
「かまうな」
言って、
その一段高い久秀の座の前には、皆を案内したときに
目を細めてそれを
「人の考えつかぬことを、どれだけ考えだすか」
いつのまにそこに座したのか、階段脇の壁際の闇から浮き上がるように見えた果心が声を発した。
そちらを見やって、
「わかるか」
やっと満足のいったように久秀は笑った。
「外法も同じにございますれば……」
「ほお、そうか」
珍しく感歎の声を漏らした久秀に、
「己の手の内を知られては、
言うと、それで
「なるほど」
例のごとく髭に手を当て、
「されば、わしが弟子になるゆえ、外法の手ほどきをいたせと申しても、手の内を
と、果心を斜めに見ながら久秀は言った。
それには
「久秀殿なれば、いかようにも
薄く果心は笑った。
「ほお、わしが手の内を知れば、果心の命を奪いにかかるやもしれんぞ」
身を久秀は乗り出した。
「されば、お
さらりと果心は応じた。
それで、
「果心はわしが恐ろしゅうはないのか。誰もわしを恐れるぞ」
そう久秀は
「久秀殿には恐いものはありませぬのか」
果心は切り返した。
すかさず、
「あまたの
応じて一つ、鼻で笑うと、
「さきほどえいも申しておったであろう。長慶様でも、もはや恐るるに足りぬ」
平然と久秀が言い切ったのは、ここに果心しかおらぬからであろう。
「果心」
「はい」
長慶さえ恐れぬと口に出した勢いが、
「このわしを恐がらせてみよ」
久秀に言わしめた。
「やはり、久秀殿は面白うございます」
声を立てずに果心が笑ったとたん、明かりが消える。
一瞬、息を呑む久秀。
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