十三 何渡流酔
「ようも邪魔をしてくれたな」
振り向きもせず、
「拙僧が何か……」
法春はとぼけてみせたが、
「なるほど、人の幻術は見抜いても、さほどの術者ではないということか」
段蔵の挑発に、
「牛はよいのか。あれがなければ、たいした
法春も返したが、
「人の牛より、己の女を案ずるべきではないのか」
楽しそうな段蔵の、声音に思わず法春は振り返った。
瞬間、絡み合った視線が互いの動きを止める。
川辺を行き交う人々に二人は見えていながら、その
どれほどそうしていたか定かではない。
母親を
すかさず合掌した法春は、刃を乗せた風に向けてその手を開く。
たちまち風は力を失い、刃は木の葉の如く地に舞い落ちて、そのまま
あっと、後方斜めに飛んだ法春の、前に肥大した段蔵のその影は消え失せて、さらに高いところから、
身を
何かが段蔵の小刀を阻んだような感触に、
「うぬ」
段蔵が己の全身の力を込めた瞬間、高い金属音を放って賀茂川に向かってそれは弾き飛ばされた。中ほどから折れた小刀の刃先が独楽のように回転しながら奇麗な弧を描いているのが、降り立った法春に見てとれた。
「誰だ」
河原に降り立った段蔵の視線が、賀茂川の土手で
「いや、おもしろいものを見せてもらいました。なれど、さすがにもう血は見とうはございませんでな」
そう言って、笑いながら土手を下りてくると、
「川風が心地よい」
さわやかに加藤段蔵を男は見返した。
切っ先の折れた小刀を鞘に収めて、
「覚えておれ」
どちらに言うでもなく捨て台詞を残して足早に立ち去った段蔵の姿が霧に溶け込むように見えなくなって、
「お若いのに、なかなかの術を遣われる」
法春に向き直った男は、年若く見えながら、
「いや、未熟ゆえ……、たった今、
礼を述べた法春に、
「何渡流酔、と申します」
男は名乗った。
「かわたれ、るすい……殿」
「
「ああ……、拙僧は、法春、と申します」
「法春殿は、幻術を遣われるのか」
「幻術を御存知か」
「この眼にいたしましたのは、今がはじめてにございますが……」
それには、
「
と、恥じ入るように法春は目を伏せたが、
「拙僧の外法より、流酔殿の遣われる術は、また違うもののようにお見受けいたしましたが……」
「これとて児戯」
軽く受け流しながら、
「それよりも、
と、流酔は頭を下げた。
「御覧のように、我が術は未熟。教授を請うなら、先ほどの、加藤某の方が
この開けっぴろげな物言いをする、流酔と名乗る男を警戒しながら、法春はそう応じた。
だが、そんなことには気づかぬように、
「法春殿には、己の技をみだりに誇示することなく、また、たやすく人の命を奪い去ることともありますまい」
と言った。
言われて、
「あ」
法春の脳裏に、もよの不安げな顔が
「連れを…… 連れを探さねばなりませぬ。これにて御免」
慌てて土手を駆け上がる法春の背中に、
「一条辺りにお出でになれば、是非、お訪ねくだされ」
と、声を流酔は投げた。
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