三 異形の僧
興福寺に、
その姿をはじめてよたが見たのは、
放生会とは、仏教の
よたが預けられてそれほど
その昔、
桶を手にしたままそちらに駆け寄ろうとして、すぐによたはためらった。母の
そればかりではない。
ついぞよたが見たことがないほどの笑顔を、その僧に母は向けていたのである。二言三言、何か僧が
よたにはまったく気づかない。
無性に走りだしたい衝動によたは囚われた。
しかし、母に向かって駆け出すと、母を…… いや、その女を、きっと突き飛ばしてしまう……
とっさに、そんな衝動だと
けれども、どこかに駆け出さずにいられない。
いっそ、石段を駆け上がるか……
はっきりとそう思ったわけではなかったが、一歩踏み出したよたの視界を、母が笑顔を見せた僧の横顔がふらりと
思わず足が止まってそれをよたは注視した。
肌は浅黒く、こけた頬のために一段と鼻梁が高く鋭く見える。右耳の先端が少し
興福寺に来てまもなく、三つ年かさの兄弟子に、
「何やら
と言われて耳を引っ張られたことを、そのとき、よたは思い出した。
「無間さん……」
思わず口をついて出た声は小さかったから、その僧に聞こえたはずはない、と思いはしたが、瞬時、よたに視線を僧は投げた。
確かに目が合った。
だが、何の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます