二 外法師の血統

 鑑真和上にいとわれたその外法師の血が、いや、鑑真和上の危難を救った高僧の血統が、よたには受け継がれている……

 ときおり、酔った父に打擲ちょうちゃくされたあとで、その恨みを晴らすかのように、よたを叩いてしばらく、感情がしずまって今度はそれをつぐなうがごとく、母はそう語った。そして、没落したさる公家くげの血を我が身は引いている、とも母は言った。

 母以上に、よたを父は憎んだ。その父にならって父にかわいがられる五つ違いの兄も、母とよたをさげすんだ。

 それがどういうことを意味するのか、幼いよたにはよくわからなかった。

 近所の子どもらにも、よたはよくいじめられた。

 それは、よたの浅黒い肌やその目鼻立ちのせいであろう。あるいは、子どもらの母親たちが、よたの母を疎外する態度による挙げ句であるようにも、よたには思えた。

 しかし第一の原因が、父母に似ぬ容貌ようぼうを持った己の存在にあるようだと、よたが覚るのは、もっと先のことだった。

 いずれにしろ、よたにとって毎日が辛いことに変わりなかった。

 七つになって、興福寺によたを父は預けた。

 興福寺の客僧となった外法師の血を、よたが引いているからではない。

「寺男の下働きにでも使ってやってください」

 興福寺の寺領じりょうの小作人であった父が、ただただよたをうとんでいたからに過ぎない。

 鑑真和上が創建した唐招提寺と並ぶ南都なんと七大寺の一つに数えられる興福寺は、広大な寺領をようし、その威勢は大きかった。いくらでも仕事はあったが、よたを興福寺は小僧とした。いずれ僧兵とするべく目論もくろんでいたのやもしれぬ。

 よたを興福寺に入れるにあたり、母も反対しなかった。

 わけのわからぬまま父や兄にしいたげげられることがなくなって、近所の子どもらのひどい仕打ちからも逃れられるよたには、幸いだったかもしれない。叩かれても、母と離れたくはない、という気持ちもありはしたが……

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