果心

二河白道

一 鑑真和上の外法師

 聖武しょうむ天皇の招きに応じ、唐より日本への渡航を図ること、五度ごたび鑑真和上がんじんわじょうはしくじった。

 六度目を試みるとき、弟子と称した異形の法師を伴い、遣唐使船けんとうしせんに鑑真和上は乗り込んだ。

 あばら骨の浮き出た痩身そうしんの、浅黒いその弟子の鼻梁びりょうは高く、感情の失せた腑抜ふぬけのごとく、常時半眼の瞳に生気はなかった。

 十数名の他の弟子のように和上の傍らにいて世話をすることもなく、もちろん、その教えを請う素振りも、法師は見せなかった。

 ただ、嵐に見舞われながらも和上の乗った船が難をまぬがれえたのは、その異形の僧が船底にて密かに外法げほうを行じたからであった…… と、船中の人々は信じた。

 外法。

 仏道より発しながら、仏の教えに外れる呪法じゅほうである。

 だが、しばらく奈良東大寺とうだいじにあった鑑真和上が西ノ京唐招提寺とうしょうだいじを創建して一年も経ぬうちに、和上の下をその法師は去った。

 役目を終えたからではない。

 その外法を、和上が憎んだからである。

 後に、外法師は興福寺こうふくじの客僧となった。

 八百年ほど前の話である。

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