ロングヘアー

「ぎゃああああ」


 私は鏡を見るなり絶叫してしまった。


「ごめん。切りすぎたーー」


「切りすぎたじゃないわよ! どうしてくれるのよ。お兄ちゃん!」


 私はものすごく短くなった髪を隠すように両手でおさえながら、後ろにいる兄に怒鳴り付けた。


 兄は美容師の卵だ。しかも、美容学校にい来はじめてまだ三ヶ月しか経っていない。


 にも関わらず、なにを勘違いしたのか。兄の勤めている美容室の店長にお前は才能があるとか言われたらしく調子にのって、私の髪を切ってあげるといいだしたのだ。


 ちょうど、伸びていたから切りにいこうと思っていたし、タダならいいやと気軽な気持ちで引き受けたのがそもそも間違いだった。


 みごとに短く切られ、全体的にボーイッシュな頭に成り果ててしまったのだ。


「明日は学校なのにどうするのよ!このバカ兄貴ーー!」


 そう怒鳴り付けると兄は縮こまる。


「ほっ、本当にごめん。でも、かわいいよ。

 ものすごく似合っているから僕はいいと思うけどなあ」


「どこがいいのよ。もうムカつくわ。このばか兄貴に調子のらせた店長にも抗議してやるううう」


 そういうとさっそくニットの帽子をなぶり、家を飛び出した。


「あっ、待ってよお。それだけは」


 兄はそれを止めようとしているようだけど、やめるはずがない。とにかく、変な自信をつけさせた店長に一言文句いわないと気がすまない。






 私は早速兄が勤めている美容室へ向かうことにした。


「やめろよ。やめてくれませんか?」


 後ろから兄の声が聞こえるがガンと無視した。


 兄の勤めている美容室は正月以外は年中無休のシフト性を取っている。


 ゆえに兄は休みだが店は開いているのだ。しかも、その日は店長が出勤しているのだというのだから、文句がいえるチャンスだった。


「頼もう」


「やめてくれよ。恥かしい」


 私の後ろではもう二十歳にもなるというのにナヨナヨした兄がいる。



「いらっしゃいませ」


 店の扉を開けるとすぐにすぐに受付の人がいた。


 優しそうな女性である。


「あら、どうしたの?」


 受付のお姉さんはすぐに兄に気づく。


「えっと。実はですねえ」


 おいおい。兄よ。君はいつもこの調子なのかい。


 私はおどおどしすぎている兄にひそかにツッコミを入れる。


 いやいや、今はそれどころではない。


 この緊急事態。


 どうにか店長に逢わねば。


「私は妹です。兄がいつもお世話になってます」


「ああ、妹さんね。こちらこそ。それでどのようなご用件ですか?」


 受付のお姉さんはニコニコと微笑みながら尋ねる。


「店長いますか?」


「店長? 店長ならいますけど……」


 受付のお姉さんはキョトンとする。


「呼んでくださいませんか?」


「ちょっと待っていてくださいね。聞いてみます」


 そういいながら、受付のお姉さんは奥へと入っていった。



 よしっ絶対に文句いってやるうううううう



 兄をへんにほめるなってね。


「ねえ。やめようよ」


 兄の情けない声。


 お調子者なのに、小心者。


 どっちが年上なのかわかったもんじゃない。



「お待たせしました。店長です」


 受付のお姉さんが言った。



 よーしいうぞ。


 いってやるうううう


「どうなさいましたか?」


 声が聞こえた。


 男の人の声だ。


 おそらくそれが店長。


 私は気合ほ入れると顔を上げた。


「私は妹です。店長にお話しが……」


 私は顔を上げた。


 その瞬間、言葉を飲み込んでしまった。



 そこにいたのはなんと超絶イケメンだったのだ。


 長身でさわやかイケメンが私に微笑みかけていたのだ。


 一瞬だった。


 一瞬で私の心わ奪われてしまった。


「妹さんですか? それで、どうしたのですか?」


 声もいい。声もイケボ。



 やばい 



 やばすぎるうううう。



 どうしよう


 私はすっかり文句を言おうとした自分を忘れてしまった。


「あの……♡ あのですねえ♡」


 もうまともに見れなーい。


 きゃあああ


 やばいやばいやばいやばい


 こんなイケメン反則よおおおおお♡



「あのですね。兄のことなんですけど」


 でも。言わないと



 いわないといけないのよ。


 ほら、勇気を出せ。


「お兄さんがどうしたのですか?」


「えっとですね。兄に素質があるといったそうですよね」


「ええ」


 冷静に


 冷静になれ



 私いいいいい



「あの……その……」


 私は自然とモジモジになる。


 イケメン店長は首を傾げる。


「ありがとうございます。兄のことをほめていだたきまして」


「いいえ、僕は思ったことをいったまでです。きっと、いい美容師になれますよ。それに君の髪」


 そのとき、突然イケメン店長が私のニット帽子を取った。


 それだけでキュンとする。


 どーしよう。



 緊張するうううう♡



「お兄さんに切ってもらったのでしょう?」


「はい」


 イケメン店長はしばらく考える。


「ただ、ちょっと彼は調子者だから、爪があまいところがあるんだよ」


 そうですよね、



 やっぱり、そう思いますよね。


「これは僕の失敗かな。彼を誉めすぎないようにしないといけないね。すみません」


「いえ……」


「そうだ。お詫びに、特別にカットしようと思うけどどうかな?」


「え?」


「かわいくするよ」


「はい♡お願いします♡」


 私はイケメン店長にうっとりしながら、誘われるままに店内へ入っていった。





 それから、どれくらい時間がたったのかわからないが、歪み放題のボーイッシュな髪がきれいにカットされていく。それでも短すぎた髪はどうにも男性的にしかならない。


 それに関して、鏡越しで本気で謝る兄の姿が映る。


 もう許す。


 許してやろうではないか。


 おかげでイケメン店長に逢えたのだからね。


 うふふ♡


「うーん。これじゃあ。男の子になっちゃうね。そうだ。ウィッグつけてもいいかな?」


「はい」


 「じゃあ。そっちにしようか」



 そういいながら、イケメン店長はウィッグを付けてくれた。しかも長い髪のウィッグだ。とくに注文したわけではない。



 なんでもいいですと言ったために長いものを用意したのだろう。


 ウィッグがはめられ、髪を整える。


 やがて、出来上がり。


 鏡をもう一度のぞくと、いままでしたことのない肩よりも長い髪の私がいた。


 おおお


 可愛い♡


 我ながらロングヘアもいけているではないか。


 いままでセミロングしかしたことないから、ロングヘアデビューもいいかもしれない。


「うん。やっばり、こっちのほうがいいね」


 同じように鏡をのぞくイケメン店長がいう。


「はい。私も気に入りました」


 私ははっきりと答えた。


「そういってくれると光栄だ」


「あのお。お駄賃は?」


「お金はいらないよ。言ったでしょう? これはお詫びだよ」


「あっありがとうございます」


 私は素直にお礼を言った。


 そ

 それから、私は兄を連れて帰ることにした。


 あの短すぎた髪が魔法のようにフワフワのロングヘアになっている。


 明日学校へいったら、皆びっくりするわよねえ。


 イケメン店長にも会えたわ。


 よーし。これからはあの美容室が私の行きつけよ♡


 兄?


 ついでに兄の偵察もしとこうかしら♡


 ちょーんとイケメン店長の役にたてよ。


 兄貴よ。


 ロングヘアが似合う。


 うひひひひ


 よーし、頑張って伸ばして、イケメン店長好みの私になるわよおおお♡



 エイエイオー



 これから失意のどん底が待ち受けようとしていることなど知らず、私はイケメン店長とのラブラブデートを夢見ながら、張り切るのであった。





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