ぼくのヴィーナス

 ああ、人生とはむなしいものだ。


 仕事もなく

 金もない

 家もない


 友達にはそれなりに恵まれていたのだが、失業してからというものネットカフェを転々としている俺に誰が相手してくれるというのだろうか。




 まあ親切な友達もいるにはいた。


 何日も泊めてくれて、飯までもあたえてくれてはいたのだが、一向に再就職をしようとしない俺をとうとう追い出してしまったのだ。


 そんなことを何度も繰り返していくうちに仕事をしていたころに貯めていた金は完全に底を尽きてしまっていた。


 ネットカフェにもとまることもできずに路上生活を余儀なくされた俺に対する世間の目はさらに冷たくなってしまった。


 臭い


 みすぼらしい


 そんなふうに冷たい視線。


 なんて人生だろうか。


 ほんの少しの前まではこうではなかったのだ。


 突然の失業で人生は台無し。


 親もすでにいなかったし、40過ぎたら、再就職するのも難しい。


 とくにこの不景気だとどこも雇ってはくれないのだ。


 



 このまま野たれ死ぬのだろうかとおもったその時だった。


「生きてる?」


 そこには女神がいた。


 小さな女神がもうすでに起きる気力もなく、路地の片隅に寝ていた俺に話かけてきたのだ。



「ちょっと待っててるね。お母さんを呼ぶから」


 そういって小さな女神が一度大通りへと走っていった。






「こっちだよ。やっとみつけたよ」


 その小さな女神が嬉しそうな誰かに話しかけているのが聞こえてくる。


 やがて小さな女神が一人の女性とともに駆け寄ってきた。


 俺は目を見開いた。


「やっと見つけた。見つけたわ。あなた」


 小さな女神が連れてきた女性の眼には涙が浮かんでいた。


 俺が上半身を起こすと女性が抱き着いてきた。


「あなた。あなた」


 何度も俺をそう呼ぶ。


「もうてどこにもいかないでよ。あなた」


 そう訴える女性の背中を俺の臭い手で撫でる。


「ごめん。ごめんよ」


「本当にバカよ。あなただけがかぶる必要ないのよ。バカバカ」


「おとうさーん」


 小さな女神も大泣きしながら俺に抱き着いてきたのだ。


「こめん。ごめんよ。俺がいないほうが君たちが幸せになれると思ったんだよ」


「バカ言わないでよ。私たち家族なのよ。大丈夫。大丈夫よ」


「そうだよ。お父さん。辛くてもいい。私はお父さんとお母さんと暮らしたい」


 小さな女神もそういった。


「私も働くから、借金だってすぐに返せるし、あなたなら絶対に就職先見つかるわ」



「わかった。わかったよ。俺の負けだ」


 そういって二人の女神が笑っている。



 こんなだらしない俺に笑いかけているのだ。


 俺はなんた幸せものなのだろうと感じた。



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