斜め前には

斜め前にはちょっとした有名人がいた。


中学一年の春。出席番号順に並んだ席。その斜め前にはすわっていた松永くんだ。


松永くんのことは小学校は違っていたけれど、彼のことは知っている。おそらくこの小さな街のなかではそこそこ有名人だったのではないかと思う。


なにせ松永くんは地方とはいえども新聞に顔つきで載っていたからだ。別に悪いことをしたわけではない。むしろ、微笑ましいことだ。


彼は小学校時代にサッカーのジュニアユースに入っていた。そこでもエースとして活躍して新聞のインタビューに答えたという記事だった。


その新聞記事をなんとなく目にした私は同じ街の同級生にすごいひといるんだなあと記憶に残っていた。


もちろんそれだけではない。この栄光とは逆に決してよいとはいえない噂もあったのだ。生粋の女たらし。


小学生にして、すでに五人もの彼女がいたという噂。その一人が当時私と同じクラスだった恵子ちゃんだったのだ。恵子ちゃんとはさほど仲がいいわけではなかったので真相はわからない。


けれど、小学生にして五人もの女たらしこんだ男とはどんなやつだろうかと興味がわいた。


そして、中学一年。そいつは私の斜め前の席にいた。



その子が女をたらしこんだお調子者だということがわかるまでにさほど時間はかからなかった。


入学してから1ヶ月たったある日のこと。斜め前にすわっていたのがはずのその男は私の前の席に座るなり、ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながら、私のほうを見たのだ。



「ナノナノーー♥️」


突然そんな言い方されて私はムッとする。


「なによ。いきなり馴れ馴れしいわね」


「だってえ。ナノナノってよばれているじゃん」



たしかにそうだ。



私の名前は奈乃っていうから友達からは「ナノナノ」と呼ばれている。けれど、そんなに親しくなった覚えのない人には言われたくないものだ。



「あのさあ。俺とつきあわない?」


突然の申し出だった。


私はあっけに取られて、松永くんを見た。


「さっき、何て言ったの?」


私は聞き返す。



「俺とつきあってっていったの♥️」


生まれてはじめて告白された。



けれど、松永くんがあまりにもニコニコしているからふざけているとしか思えなかった。


それに彼は生粋のたらしくんだ。 


おそらく何人もの女に告白しているに違いない。



それに私には別に好きな子がいた。



「いやです。お断りします」



「はやっ、即答かよお。まあ。ナノナノには、好きな子なあ」


松永くんがさらにいう。



はい?


なぜ、松永くんがそんなこと知っているんだ?



私、友達しか話していないゾ。


そう思いながらも友達が松永くんに話した可能性へと考えが及ばなかった。



「知ってるぜ。3組のやつだろう?  でも、俺とつきあえよ。そいつよりも俺がいいぜ」


「だから、いやです」


「厳しいねえ。でも、ナノナノはつきあっている人いねえだろう? 俺にもチャンスがあるってことさあ」


そういって人なっこい笑顔を浮かべる。


やがてチャイムが鳴り出して先生が入ってきた。


クラスメイトたちが、慌てて自分の席につく。


松永くんも斜め前の席に戻っていった。



私はただ呆然としていた。



お調子者の女たらし。五人もの女とつきあっていたといわれる男からの告白。



果たして信じていいものか。



しかし、その後



私はとんでもない恋愛トライアングルに巻き込まれていくことに知るよしもなかった。






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