俺の中学校には野球部がない

「うちの中学、野球部ないらしいよ」


「は?」


 入学してからしばらくして、配られた部活のリストにあるべきはずの項目がないことにいち早く気づいたのは、小学校からの親友の溝上だった。


 俺はリストを見る。


 確かにない。


 どんなにさがしても野球部のやの字も存在しなかった。


「どういうことだよ。野球部かないなんてさ」


「俺に聞かれてもしるかよ」


 まあ確かにそうだ。


 溝上が知っているはずがない。


「先生」


 俺は手を挙げて立ち上がった。


「先生。なんで野球部がないんですか?」


「ああ、野球部ね。三年前に休部になったんだよ。部員がいなくてなあ」


 マジで?


 うそだろう。


 野球部に入る気満々だった俺は、愕然とした。


「休部?」


 今度は溝上が手を挙げた。


「先生。休部ということは、人がそろえばまた再開するんですか?」


「再開?そうだなあ。最低試合のできる九人そろえば、それもあるかもしれないなあ」


 先生がそう答えた。


 俺たちはその言葉にパッと希望を抱いた。


 よし。俺たちで部員を募って、野球部を再開させよう。


 きっと、野球をしたいと思っている人が多くいるはずだ。


 そう思って、さっそく部員を募ることにした。


「野球? 興味ないなあ」


「野球? それ小学生までだよ。いまは、バスケがやりたい」


「野球? 僕はスポーツとかダメ」


「野球? それよりもバレー部に入らない?」


 そんな感じで次々と断られた。


 一年生で当たれる分はほとんど聞いてみたが、どれも空振りだ。


 そんなに人気がないのか?

 

 野球だぞ。野球って人気スポーツナンバーワンではないのか?


 ただの時代遅れなのか?



「もう何回三振してんだよ」


 おれは愚痴た。


「このままじゃ、コールド負けかなあ」


「そんなこというな。溝上」


「まあ、いいじゃん。ほらほら、あの子あたってみよう」


 気を取り直して、隣のクラスの美川という少女に尋ねてみた。


「野球? それなら入っているけど?」


 美川の解答に俺たちはきょとんとした。


「え?でも、野球部は休部って……」


「確かに休部しているわ。でもね。クラブがあるのよ」


「クラブ?」


「○○中学野球クラブ」


「そうクラブ。中学校主体じゃなくて、ご近所さん主体の中学生対象の野球クラブよ。ここの中学以外の子もいろいろな事情で中学の野球部に入っていない子たちが募っているのよ」


 それは小学生まで入っていた少年野球クラブのようなものなのだろうか。


「それって、試合に出れるのか?」


「そうよ。来月△△中学と試合するの」


 中学に部活はない。


 けれど、野球ができる環境がある。


「美川。いまから、俺たちも入れるか?」


「もちろんよ。いつでも入部可能よ。お父さんに話しておくわ」


「お父さん?」


「ちなみにわたしのお父さんが監督で立案者よ」


「へっ?」


 そういうことで俺たちは、学校の部活ではなく、町の野球クラブに入ることになったのである。


 けど、


 クラブじゃ終わらせねえ。


 ぜったいに中学校の野球部を再開させてやるうううう。


 そして、公式戦に出て


 高校でも野球やって


 甲子園で優勝して


 プロになるんだああああああ







少年はひそかに夢を抱いていた。





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