なにが正しいか間違っているのか
始まりは他愛のない親子喧嘩だったような気がする。
「お前、坂地さんちの直哉くんになにした
「は?」
父が突然部屋に怒鳴り込んできたのは、学校から帰ってすぐのことだった。
「なんもしとらん」
「嘘いうな。直哉くんのお母さんから電話があったらしかやんね。お前。直哉くんを脅したらしかじゃなかか?」
「は?なんばいいよったや。親父。おいがそがんごとするわげなかたい」
おれはそう答えた。
確かに昨日の昼休みに直哉を呼び出した覚えはあるが、別に脅したつもりはない。
「嘘をつくな。お前、直哉くんをトイレに連れて行って、怒鳴り散らしたらしかやないか」
それは覚えがある。
確かに怒鳴った。
確かに怒った。
それは、脅したわけじゃない。
「確かに怒った覚えあるけど、脅し取らん。おいはただ、あいつがクラブサボるから……」
「いいわけすんな。ちゃんと、謝りにいかんね」
おれの言い分をまったく聞かずに怒る父に怒りを覚えた。
「せからしか。おいはなんもしとらん。あいつが悪か。クラブサボるからいかんとや」
怒りに負からせて、おれは家から飛び出してしまった。
今考えると。俺が悪い。
おれが子供クラブに来なくなった近所に暮らす三年生の直哉を一方的に攻めたのだ。
トイレに連れ込んで、
「なんでこんやったとや。次こんと許さんからな。ぜったい来いよ」
そんなことをいった覚えがある。
「あれは怖かったわね」
数年後、再会した幼馴染みの女がそう言った。
どうやら女子トイレで聞いたそうだ。
かなりドスの聞いた口調で話していたらしい。
傍からみたら、明らかに脅しだった。
しかし、当時のおれにはまったく自覚はなく、おれの想いだけが先行していたのだ。
そのときのおれにとって、それが正しかった。
間違ったことをしているつもりはなかった。
ただ来てほしかった。
元々、おれたちの地区の男子は少ないほうでソフトボールをするには人数がギリギリだった。
六年生が一人、
五年生がおれを含めても二人
あとは大体15人程度ってところだろう。
基本三年生から試合に出られることになるため、一・二年は除外される。
三年四年いれて、ギリギリだった。
もしかしたら試合に出られないかもしれないという焦りがあったのだ。
なにを真面目に考えている?
勉強なんかはする気にもなれないのだが、こういうことに関しては異常に張り切る質だった。
だから、練習に来なくなった直哉を無理やりこさせようとした。
その結果、直哉に委縮させてしまっていたのだ。
そのことに気づかずに、俺は苛立ちだけを募らせていた。
「なんば、機嫌悪くしよるとねえ」
すると、近所のタバコ屋の店番をしているバアちゃんが話しかけてきた。
「なんもなか。ほっとけよ」
「あんたのことやけん。また悪さでもして、怒られたとやろう」
「違う! 直哉がいこんとよ。直哉が子供クラブ来ないけん」
「そりぁあ、あんたには関係ないことやろう」
「関係ある。おいたちのクラブ。人数ギリギリとばい。そいとけ、ひとりでも足りんと」
「それも、あんたの事情。あんたが試合でたいけんそういいよるやろうけど、直哉にとっては関係なかことや。直哉がどーしても出たいというならともかく、それはあんたが出たいだけやん。あんたの事情に他人を巻き込むな」
「でも……」
バアちゃんはため息を漏らした。
「あんたはどこか頭ごなしにところがある。あんたが正しいこといったとしても、頭ごなしに言っても相手の耳に入らんよ。ただ怖がるだけたい。反発しかうまれん。正しさは間違いになるだけたい」
おれは口をつぐんだ。
「本当に直哉をチームに入れたいという気持ちがあるなら、まずは謝れ。話はこれからたい。直哉は悪い子じゃなかし、あんたのことを嫌っとるわけじゃなか。ちゃんと話を聞いてくれるさ。けど、いまの状態やと、あんたは確実に嫌われるし、将来孤立するかもしれん。謝ることは謝る。自分の思いを伝えるときは頭ごなしにいわない。いいね。あんたの思いを伝えたいなら、相手の思いも考えなさい。あんたの言葉が相手にどう伝わるかを考えて、言葉を選ぶんだ」
おれは反論の言葉さえ思い浮かばなかった。どこかで腑に落ちた部分があったからだ。
「悪い。あんたには難しかったかな」
おれは頭を横に降った。
「おれ、謝ってくるよ。ありがとう。バアちゃん」
おれはバアちゃんに背を向けて、来た道を戻っていった。このまま、直哉の家へと直行する。
おれは直哉に心から謝り、おれの思いを伝えた。すると、どこか不安そうな顔をしていたはずの直哉が笑顔を浮かべてくれた。
なんか、嬉しかった。
こんなふうに笑ってくれたことにほっとすると同時に本当に面目なく思った。
それから、彼は子供クラブにも参加するようになったことは覚えている。関係もそれなりに良好だったが、俺が小学校を卒業するとなんとなくつながりがなくなった。
学校、部活
忙しい毎日の中ですれ違うことがあっても、話すことはなくなった。
あのころは三年生だったのだから、今年高校卒業のはずだ。
いま、おれのいる東京にくるのだろうか。
地元である九州に残るのだろうか。
でも、いつか会いたい。
今度は酒でも飲みながら、いろいろと語りたいなあ。
最近二十歳になったばかりなおれはそんなことを考えながら、焼酎を飲んだ。
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