無口な少年
颯川翔太のクラスメイトに風川淳也という男の子がいる。クラスの中でいつも一人でいて、なんとなく取っつきにくい少年だった。
昔は明るい性格だったそうだが、翔太が出会ったころには無口な少年になり果てていたのだ。淳也との出会いというか、面識したのは今年の春のこと。五年生になって初めて同じクラスになったことからだった。それまでもすれ違いはしたのだろうが、違うクラスだったこともあり、意識することもなかった。
だから、淳也はそういうものだと思っていたのだ。
けれど、彼とずっと同じクラスだった友達から聞いた話だと突然暗くなったらしい。いったいどういうことだろう。翔太は気になった。
そんなある日のこと、翔太のクラスで毎月発行される学級新聞を作るために新聞係のメンバーが放課後残ることになった。その係りは毎月入れ替わり、今回は翔太ま含む班が担当になった。その中には、淳也もいる。
「じゅんちゃん。そっちお願い」
「ああ」
同じ班になった元尾美奈子がテキパキと指示を出し、淳也がそっけない返事をしながらもそれに従っていた。
どうやら、淳也と美奈子は幼稚園のころからの幼なじみらしい。だからなのか、相変わらず表情は暗いが、美奈子のいう通りに動いている。それはどこか機械的にも思えてならない。
「ん?なんだよ。この絵。だれが書いたんだ」
ふいに新聞に書かれた絵に気づいた翔太がそのあまりにも下手な絵に思わず声を出してしまった。その瞬間に美奈子の突き刺すような視線が注がれた。
「なによ。文句あるの」
「いえ、ありません」
睨まれた翔太が蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。
「クスクス」
その様子を見ていた矢橋瀬奈が笑っている。
「おい。風川いるか?」
その時だった。突然教室の扉が開いて、先生が入ってきたのだ。
「はい?」
純也が怪訝な顔をして立ち上がる。
「とにかく来なさい」
「はい」
純也は先生に促されて出ていった。
「なんかしたのかしら?」
「さあ? それよりも早く終わらせよう」
美奈子の言葉で残された翔太たち三人は、作業を再開した。
それから十分後、ようやく学級新聞を完成させた。
「結局、戻ってこなかったわね。じゅんちゃん」
「そうだね。もう終わったのにね。戻ってくるまで待つ?」
「先生が連れだしたんだろう?もしかしたら、先生のところにいるかもしれない。どうせ持っていくんだから、ついでに風川に伝えよう」
「そうだね」
翔太たちは、学級新聞を持って教室を出ると、先生がいるだろう職員室へ向かった。
「うわあああああ」
職員室のすぐ隣にある会議室に差し掛かったときだった。突然、先生の叫び声が聞こえてきた。
「なに?」
翔太たちはお互いに顔を見合わせると、声がした会議室の扉を開いた。
「どうしたんですか? せっ……」
中へ入って最初に見たものは、壁に寄りかかるようにしてぐったりと倒れている先生の姿だった。
「先生」
三人は先生のほうへと駆け寄る。
声をかけながら、先生の身体をさすってみるがびくとも動かなった。
「先生。死んじゃった?」
瀬奈が怯えたようにいう。
「大丈夫よ。まだ生きしてる」
鼻に手を添えた美奈子がいう。
どうしてわかるのだろうかと翔太は疑問に思ったが、美奈子の家が診療所であることを思いだした。
「けど、いったい」
美奈子がはっとする。
「じゅんちゃん?」
美奈子の声で振り返るとそこには淳也の姿があった。
「風川。どうしたんだよ?」
翔太が淳也に近づこうとしたが、淳也がいつもになく威圧的に感じて足が止まってしまった。
威圧的というよりも得体のしれないものに威嚇されいるような感覚に陥り、翔太たち三人は金縛りにあったように身動きがとれなくなってしまったのだ。
「どうもこうもないよ」
すると、淳也の顔に不気味な笑みが浮かぶ。見たこともない笑み。目が大きく見開き、ニヤリと笑いながら見せる歯がぎらついて見える。
「え? まさか……風川が?」
「そうだよ。こうやって吹き飛ばしたんだよ」
純也が右手の平をかざした瞬間。ものすごい風が襲ってきて、たちまち翔太たち三人の身体を吹き飛ばしてしまった。
三人とも壁に激突し、痛みで悲鳴を上げる。
意識が朦朧としてくる。
「あはははははは。ははははははは」
遠のく意識の中で、狂気に満ちた淳也の笑い声だけが響き渡っていた。
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