花を咲かせよう

 何もかも失った。

 

 いつも寝泊りしていた家も


 いつも通っていた学校も


 いつも笑っていた家族も


 友達も


 なにもかもが消えた。


 あるのは、人とも呼べない肉の塊


 瓦礫だらけの街だった場所


 さまようものは生きた人間なのかさえも分別が付かない。


 それは突然訪れた。


 突然空に無数の飛行物体と大きな人の形をした化け物が出現し、あっという間に彼らの住まう町を焼け野原にしていった。


 眼を覚ました時には、誰もいなかった。

 どんなに探しても、いつもそばにいてくれた存在はどこにもない。


 鳴き声が響く。


 多くの人がなにかを探してさまよっている。


 彼は呆然と周囲を見回しながら歩いていた。


 体中が痛い。


 喉が渇く。


 どこへいけばいい?


 どこへ行けば、大切な人に逢える?


 そんなことを考えながらさまよううちに彼の意識は遠退いた。


 次に目を覚ましたときにはベッドの中。


「大丈夫かい?」


 最初に目に入ったのは軍服を着た人だった。


 身体を起こして、周りを見回すと大量のけが人とその治療に当たる軍服を着た人たち。彼らが助けてくれたのだろう。


「くそっ。奇襲するなんて人間のすることじゃない」


 軍人の一人がいう。


「やつらのやり方はえげつない。問答無用だ」


「なにが平和だ。ただの虐殺じゃないか」


 そんな言葉が飛び交う中。軍人たちが見ているモニターにはだれかが会見をしている。


 知っている。


 この国の国家元首だ。


『我らは断じて、このような卑劣なやり方に屈しない』


 そんなことを言っている。


 いつからだろうか。


 いつから人類はまた戦争を始めたのだろうか。


 そんなこと知らない。

 生まれたころには地球圏すべてが戦争をしていた。


 宇宙開発が進み、空の向こう側にはコロニーと呼ばれる居住衛星までもある時代になっても、人類は戦争を続けている。


 いつからなのか。


 いつ終わるのか。


 彼は救急テントから外へ出る。


 そこには巨大な人型ロボット。


 おそらく兵器だろう。


 いつから


 これは宇宙開発の作業用ではなくなったのか。


 いつから兵器になったのか。


「また火種がまき散らしやがった」


「また大規模な戦争になる」


「どれくらい拡散すれば気が済むんだ」


 大人たちがそんな会話をしている。


 彼はそれを聞きながら歩いていく。


 やがて、子供の姿が見えた。


 自分とさほど変わらないほどの少女とそれよりも小さな子供たち。彼らもまた身体中に傷を負っている。


 それなのに腰を下ろしてなにかをしている。


 なんだろうと近づいてみると。彼らが手で土を掘っていた。


「なにしているんだ?」


 彼が話しかけると、子供たちがはっとしたように振り返る。


 身体中、包帯と泥だらけ。


 その中で一番小さな子供が握り締めた手を広げた。


 その小さな手の中には種があった。


 なにの種なのかはわからない。


 種が二粒。


 子どもの手に握られていたのだ。


「植えるんだよ」


 子どもが無邪気に笑いながらいうと、再び子供たちの輪の中へと入っていく。


 彼もまた子供たちの作業を見る。


 植えていた。


 救急テントのそば。


 かつて学校のあった場所。


 たしかに花壇があった。


 花壇の枠組みがかろうじて残っている。



「種を植えても、花さかないかもしれない」


 彼がいった。


 すると、種植えをしていた少女が一度手を止める。


 けれど、すぐに種をまいて、土をかぶせる。


「大丈夫。花は咲くわ。いままでだってそうだったわ。どんなに激しい戦火に巻き込まれようと、必ず花が咲いたわ」


 種を植えたあと、少女たちは立ち上がり、彼のほうを振り向く。


「だから、蒔くわ。何度でも何度でも」


 少女の長い髪がなびく。


「いつか戦争の火種ではなく、美しい花を咲かせる種が拡散していくように……。ただ私たちそれを祈り続けるの」


 種


 だれもが血を流すことのない。


 本当ま平和。


 燃やされることのない。


 ただ美しく咲き誇る花。


 そんな時代がくるのだろうか。


 そんな不安と期待が


 彼の中で渦巻く。


「あなたも植えてみる?」


 彼は少女から種を受け取った。


 蒔いてみるか。


 いつか、この焼け野原のすべてを埋め尽くすような


 美しい花を咲かせるために


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