暗闇に走る

彼は走っていた。


息を切らして、足を止めることもなく、ひたすら走っている。


しかしながら、走っているその訳も目的さえも彼のなかにはなかった。


ただ決して足を止めてはいけない。


もしも、走ることをやめたならば、あれに捕らわれてしまう。


だから、走るのだ。


いったい、どれくらい走っていたのだろうか。


すでに彼のまわりには見慣れた景色が消えていき、鬱蒼とした場所に変わっていた。


太陽も沈み、月明かりだけが照らす以外はすべてが闇だった。


もう彼の足がふらついている。



履いてきた運動靴はもうボロボロで、身体中は傷だらけ。


血がにじみ、劇痛が彼を襲っている。


それでも、走る。


もがきながらも必死に走り続けなければならない。


なぜ?


なぜ走り続けなければならないのか。


彼はその理由を考える。


されど、朦朧とした意識のなかでは、この先にあるなにかを想像することさえできなかった。


彼の足がもつれて、つまずく。


そのまま、前のめりに倒れこむ。


「ざんねーん♥️」


すると、背後から陽気な声が聞こえてきた。


彼は視線を後ろに向ける。


すると、そこには1人の少年がいた。黒い服に身を包んだ赤い目をした少年。


頭部には牛のような角が二本はえている。




それをみた瞬間、彼の脳裏に走馬灯のように駆け巡る光景が広がる。


──────────────────


彼はある日突然、この少年に捕らえられた。


少年と少年に従う角の生えた人間たちが現れて、彼の暮らしている町を襲ったのだ。家がやかれ、多くの人が死傷した。そのなかには彼が大切に想っていたものもふくまれていたのだ。


彼の目の前で大切な人が殺され、なぜか彼のみが連れ去られることになった。


気がつけば、猿ぐつわと首輪をされ、両手を裏で縛られたままで牢屋に入れられていた。


「君はこれから奴隷になるんだよーー」


少年が陽気にいう。


もちろん、彼にはどういうことなのかわからなかった。


でも、なんとなく自分にとっては幸せではないことはわかる。


「でもねえ。これからやる賭けに勝ったら、君を解放してあげる。でも、負けたら、君は奴隷決定だよーん」


少年は無邪気に笑いながらいった。


猿ぐつわをされている彼には拒否権などなかった。


「よし、はじめようか。簡単なゲームさ。これから鬼ごっこをするよ。僕が鬼さ。もしも、僕に捕まらずに君の故郷に逃げ切れたら、僕の負け。君のことは諦めるよ。いいね」


のちに彼は牢屋からだされた。その瞬間、反射的に走り出したのだ。


「じゃあ、十秒数えるよ。その間に逃げてねえ」


少年の数を数える声が聞こえる。


逃げないと


逃げないと


はやく


走って逃げないと


彼は必死に走った。



──────────────



彼は立ち上がると、一目散に走り出した。


「あーー、まーだ、そんな体力あったんだねえ♥️」


角の生えた少年は不気味な笑みを浮かべる。


「鬼ごっこ再開ってことだねえ。でも、すぐに捕まえちゃうよ🎵」


そういって、少年が自分の唇をなめると、彼に向かって駆け出す。


あと少し、


走っていくうちに、彼が生まれ育った町の光景が広がってきた。


もうすぐだ。


もうすぐたどり着く。



逃げきれる。


そう思った瞬間、彼の体に少年が抱き着いてきた。


「つーかまえたーー」



その無邪気な声に彼の体が凍りつく。


「ほしかったねえ。君の負けーー」


彼は少年に視線を送る。


少年は勝ち誇ったような笑みを浮かべながらいった。


「さあ、戻ろうか。儀式を始めようか。君は僕らの奴隷にする儀式をね」


その無邪気な笑顔に、


彼の顔が白く青ざめていった。


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