集合写真

それは終わりの次にくる始まり。

 

 俺にしてみれば、引っ越しと転校というものは晴天の霹靂のようなものだった。


 ある日突然父が屋敷を買ったから引っ越すのだと言い出したのだ。新しい家は俺の暮らしていた団地からさほど離れているわけではない。自転車でも15分ほどしかかからない距離にあった。けれど、同じ唐船町からふねまちではあったのだが、校区が違うということで転校せざるをえないということになった。あと二年いいだろうといいたくなるのだが、決まりだからと兄弟の中で俺のみが転校することになってしまった。


 不満でたまらない。


 せっかく仲良くなった友人たちと別れることがものすごく寂しく感じられていた。


 そのことを近所の友達に話すと、笑われてしまった。


「お前なら大丈夫やろう。お前、口は悪いけど、人と仲良くなるのは得意やんか」


 得意?


 確かに苦手ではない。


「口が悪い?なんだよ。それ」


 まあ確かに、口が悪くないといえばウソになる。そんなに気を使えるたちではない。


「確か、岩辰いわたちだっけ?」


「ああ。ここから自転車で15分のところ」


「近いやん。それに岩辰だと、中学は同じやないか。それとも私立受験すると?」


せんに決まっとるしないに決まっている俺はそげん頭よおなかそんなに頭よくない


「だよなあ。だよなあ。おれといい勝負やもん」


 確かにそうだ。この人懐っこい幼馴染みとまったく同レベル。学校のテストの成績は親にみせられたものではない。そういうことで常に隠しているのだが、どういうわけか親にすぐに見つかり、お叱りを受ける日々だ。


 その時の口癖に腹が立ってこのうえない。



 兄さんは優秀なのに、どうしてあんたはとれんとよ


 耳がタコができるほどに聞かされた親の文句だ。今年春から進学校へ通い始めた兄とまだ小学五年になったばかり自分と比較されても困る。


「兄貴よりもいい高校いってやる」


 なんて見えを切ってみたものの勉強嫌いの俺には到底無理な話だ。


「だったらさあ。中学一緒やんか。当然サッカー部入るとやろう?」


「もちろん。入るに決まっとる。けど、くそお。サッカー部やめんとならとが一番悔しかよ」


「そっか、今度から通う学校。サッカー部ないんやったな」


「部活自身しとらんごたっよしていないらしい


「そりゃぁ、仕方なか。それよりもいつ引っ越すとや?」


「明日……」



「はあ、終業式の前じゃなかとや」


「ああ、父さんがその日休みでトラックも借りれるからって……」


「引っ越し会社じゃなかとか?」


「ないない。親戚から軽トラック借りて荷物運ぶらしい」


「叔父さんの家から?米農家やったなあ」


「そういうこと」


 そんな会話をしていたのは、引っ越しの前日のことだったのだが、どうも遠い昔のように思う。ただ引っ越すだけ。翌日にはいつものように学校へいく。けれど、卒業することはない。春休みが終われば、いままで通っていた学校とは正反対の道を歩くのだ。たった十五分。それだけで俺の生活が一変する。


 確かに友人たちと別れるという寂しさもあるが新しい出会いへの期待もある。


 不安と期待の入り混じって、俺の感情は正直混乱していると途中だ。


 引っ越しを終えて、修業式。


 そして転校の挨拶。


「え?お前も?」


 すると、転校するのが俺だけではないことが判明した。


 クラスにあと二人。


 一人は女の子でもう一人は男の子。


「お前はよかやんか。中学では一緒になるやろう。俺は隣町だから中学で一緒にはなれん」


「私なんて東京ばい」


 そういいながらも彼女は目を輝かせていた。それもそうだろう。こんな田舎のなにもない街とは違い、東京は都会。夢のような町でだれもが憧れて仕方がない。


「中学どころか高校もいっしょになることもなか」


「なにいいよるとよ。親の転勤なだけやろう。何年かしたら戻ってくる予定やろう」


「それもそうだね。えへっ。そのころには立派な都会人よ」


 彼女は標準語を話そうとするが、おもいっきりなまっていた。


 そんなこんなで、彼らはクラスメートらお別れの挨拶をする。すると、さっきまで笑っていたクラスメートの中からすすり泣く声が聞こえてきた。


 やっぱり寂しい。


 ずっと、同じ学校で学んできた仲間がいなくなる。そのことが寂しくてたまらないのだ。いつあえるのかもわからない。もう二度と会えないかもしれない。


 そんな寂しさが教室中にあふれかえる。


「さてと、みんなで送る歌を歌いましょう」


 先生が言い出すと、クラスのみんなが立ち上がる。


 転校する三人は何のことかわからずにキョトンとしていると、突然教室の片隅にあったオルガンから音色が聞こえてきた。


 そして、クラスメートが歌いだす。


 歌は教科書に載っている『翼を広げて』といいう曲だった。


 その歌声を聞いていると、東京へ引っ越す彼女からすすり泣く声。もう一人の男の子は号泣。彼も目から涙があふれてきた。


 二年だ。


 二年すれば、彼らとまた同じ学校へ通える。わかりきっていることなのだが、やっぱり悲しい。しかもそんな歌を歌われたら、さすがに涙もろくない人でも泣いてしまう。


 気づけば、歌いながらみんなが泣き出していた。


「さてと、グランドに集まりましょうか」


 ひとしきり泣いたあと、ようやく落ち着きを取り戻すと先生がカメラを見せながら言い出した。


「はーい」


 クラスのみんながグラウンドに出る。


「どうせなから、日時計の前にしましょうか。ちょうど、学校名もあるからね」


「はーい」


 正面玄関の右隣にある日時計。


 学校名が見えるようにして、転校していく彼らを中心にクラスメートたちが思い思いの場所に立ったり座ったりする。


 その間に先生はカメラを固定する。


「さて、とるよ」


 タイマーを押して、先生が急いでクラスのほうへと駆けてくる。


 転校していく俺らの隣に座ると同時にシャッターが切れる音が聞こえてきた。



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