第5話 誰でも指二本は
実験しよう、と丈は言う。
北斗は混乱した。
杏里と婚約したばかりで、さっそく、浮気、ではないな。
丈は、杏里を愛している。なのに、何故、こんなことを。
そう北斗が尋ねると、
「婚約したから。杏里と、きちんと結婚するって決めたからだよ。一年もすりゃ既婚者だ。それから遊ぶってのも、なあ。思い残りがないように、やりたいことは、やっておきたいんだよ」
悪びれもせず、そんなことを口にする丈に、北斗はあきれた。
「男と、なんて、どうして」
「好奇心だよ、好奇心。すごく締まるって聞くからさ」
「それで、どうして俺に」
訊くまでもない。キスの実験に、つきあったからだ。今度のことだって、抵抗できないことが、わかりきっているからだ。自分はとことん、甘く見られている。
結局、俺は、丈の召使、みたいなものなんだ。
北斗は、すっかりあきらめムードだ。
丈は、怖い顔になって、
「あの時、なんで逃げたんだ」
中一の、キスのことだろうか。
「怖くなって」
小さい声で言う。あれ以上、キスしたら。
再び、丈の家に行っていたら。何が起こったか、想像するだけで恐ろしい。
「あれの、続きをやろう」
きつく、肩をつかまれる。
あの頃は、北斗の方が大きいくらいだった。今は丈は、五センチくらい上背があり、肩幅も広い。十一年前の美少年は、立派な男になり、自分は冴えない、貧弱なガキのまま。
逃れようとしたが、無駄だった。唇がふさがれる。
舌をこじ入れられ、丈の舌が北斗の舌を口の中に誘い込む。舌が絡まりあうことが、こんなに刺激的なのか。
子供のキスとは比べ物にならなかった。頭がぼうっとして、思わず、丈にしがみついていた。体中が熱くなり、我を忘れた。
今度こそ、間接キスだ。
頭の芯が、痺れた。
幾度となく杏里の唇に触れた丈と、キスしているのだから。しかも舌を使っての。
杏里。
絶対に触れることなどない、杏里の唇を、北斗は夢想した。
それは、どれほど甘美なものだろう。
そして、北斗が抱き着いている、この体は。杏里が、いつも抱き着いている、丈のもの。顎をつかむ手も、杏里の顎をつかむ、丈のもの。丈を通して杏里を感じることができる、だから、実験を拒否できない。
「激しいな」
丈が、体を離した。
「童貞には、刺激が強すぎたか」
北斗の股間の変化に、丈は気づいていた。
「実験、つきあってくれるよな」
北斗は、無言で、頷いた。
「脱げよ」
従ってはいけない。従う理由など、ない。
なのに、北斗は、スエットを脱ぎ、トレパンに手をかけていた。
裸になって、自分のベッドにうつぶせになる。
「けっこう、きれいな肌してるな」
未使用だもんな、とからかう。
童貞だってことが、そんなにおかしいか。
北斗は、さすがに気分を害した。
杏里を思うあまり、他の女子には一切、目がいかなかった。丈の恋人であり、高校時代のクラブの仲間であり、妹の大学の先輩。そんな関係で、たまに顔を合わすだけて、満足だった。いや、満足だと思おうとしてきた。
何をやっているんだ?
裸で待たされて、北斗は不安だった。丈は、服も脱がないのだ。
指にゴムをかぶせ、ワセリンをたっぷり塗って、北斗の尻を片手で押し開いた。恥ずかしさに、北斗は息を呑む。
誰にも見せたことのない秘部に、ぬるっと何かが入り込んでくる。
「ちょっ」
体を起こそうとすると、
「指で慣らすんだよ。無理にやられて、裂けたら困るだろ」
指が、入ってくる。
奇妙な感覚だった。気持ち悪いのだが、それだけではない、ような。
「どう。感じる?」
「ヘンな気分だよ」
正直に,答えた。
「指一本だけでも、食い締めてくるぜ。いやらしいな」
屈辱に、唇をかむ。
まだ、実験は始まったばかりなのに。
指が、引き抜かれた。
「誰でも二本は入るってさ」
どこで聞いてきたのか、丈は、そんなことを口にする。
北斗は、ぎょっとした。
え。二本?
北斗は思わず、自分の指を見た。
男の指を、二本まとめて。けっこうな太さというか、ボリュームがある。それを、あそこに挿入なんて。
「やだ」
腰を浮かそうとして、制止される。
二本の指が、まとめて北斗の中に捻じ込まれた。
痛い。
一本の時とは、ぜんぜん違う。
逃げたいが、がっちり抑えこまれ、二本の指が
「お願い、もうやめて」
ようやく指が引き抜かれたとき、北斗は、もう耐えられず、本音を漏らした。
「なに言ってんだ。これからだろ」
せっかく、やさしくしてやったのに。
丈がぶつぶつ言いながら、ベルトを外していく。
バックルの、カチャカチャいう音に、北斗は、ぞっとして震えた。
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