第4話 新たな関係へ

 十八歳の春。

 北斗は、県内の私大に合格した。

 レベルはともかく、箱根駅伝の常連校で、知名度はそれなり。父も渋々、認めてくれた。選んだのは経済学部。このへんで勘弁してほしい。

 杏里は第一志望のO女子大学の英文科に、丈も最難関の私大の法学部に受かった。大したもんだ、と思うばかりの北斗だった。

 三人とも、自宅から大学に通った。


 由衣は、杏里と頻繁に連絡をとり、キャンパス見学などにもつきあってもらっている。父には、四年制大学に進むことは言っていなかった。

 杏里の前で、由衣は、父のことを愚痴った。

「どうして父さんと結婚したの、て、母さんに聞いたら。三十過ぎても結婚できなくて、焦ったんですって。焦って見合いして、つかんだのが、あのオヤジ。大外れですよ。私は、結婚なんかしません!」

 そんな由衣に、

「今から決めなくてもいいじゃない」

 杏里は、おっとりと言う。

「杏里先輩は、まだ青木丈と、つきあってるんですか」

「ええ」

 後輩から、彼氏を呼び捨てにされても、気にしていないようだ。


「もっと、先輩にふさわしい男性がいると思うんだけどなあ」

 ずばずば言うので、北斗は気が気でなかった。

 杏里は、そんな由衣が面白いらしく、

「そうなのかなあ」

 鷹揚おうように、応えていた。



 翌年の秋、父が亡くなった。

 夜、酔っ払って歩いているところを、ひき逃げされたのだ。犯人は、わからずじまいだった。

 悲しいより先に、家族は、生活のことが気がかりだった。

「ただの交通事故なら、いろいろ「もらえたのに」

 最悪だわ、と、母は吐き捨てた。

 北斗は、学費が心配だった。が、母が掛けておいた生命保険で、どうにかなった。家も、古いながらも祖父の代からの持ち家で、路頭に迷うことはない。


 由衣は、はっきりと、父の死を、希望への道と捉えていた。

 O女子大への進学を、反対する者は、いなくなった。見事、合格し、返済不要の奨学金を支給されて、由衣も憧れの大学生活を始めた。


 北斗は、自由を感じた。生まれて初めての解放感、だったかもしれない。

 まだ五十五歳、轢死《れきし

》という死因。それは悲劇ではあるが、抑圧され続けた北斗や家族にとっては、一種の朗報だったことは間違いない。


「家族ってのは、俺のいうことを聞く者の集まりだ」

 生前、酔った父がそう言うのを、北斗は聞いたことがある

 なんという暴君、なんとう寂しい言葉。

 大学進学を切望しながら、経済的な理由で許されなかった。その無念さは想像できるが、だからといって、出来の悪い息子に勉強を強要し、S高に入れ、次は一流大学だ、と、追いまくられた日々は、正直、苦しかった。


 訳もなく怒鳴り散らされ、いつも、おどおどしていた母も、明るくなり、友人と出かけることも増えた。五十二歳にして、第二の青春だわ、と、はしゃいでいた。



 二十二歳、北斗は、どうにか卒業にこぎつけ、都内の小さな会社に就職した。杏里は英語力を生かして外資系。丈も、有名企業に就職し、新しい生活が始めった。


 北斗は、あこがれの一人暮らしを始めた。古めのワンルームマンション。丈も実家を出て、北斗よりは広い部屋に住み始めた。杏里もセキュリティのしっかりした、女性専用マンションに入居したと、北斗は由衣から聞いた。



 二十四歳の秋。

 杏里と丈は、婚約した。

 八年の交際を、やっと具体的なかたちにしたのだ。


杏里の花嫁姿。どんなにか美しいだろう。

高校二年の文化祭。ふたりの挙式をとりもつ神父を演じた北斗は、感無量だった。

「おめでとう、杏里、丈」

「おふたりとも、おめでとうございます」

 北斗は、心から祝福したが、由衣は、不満そうだった。

 由衣も卒業し、都立高校の数学教師になっていたが。四人で会う習慣は、まだ続いていた。

「本当にいいのかな、青木丈で」

 いつもと同じ不安を、由衣は繰り返す。


 食事会に、丈が現れないことが、たまにあった。

「いま、ちょっとケンカ中」

 杏里は軽く言ったが、由衣は、

「浮気してるんじゃない?」

 杏里が席を外しているとき、北斗に、小声でささやいた。

「まさか。長いつきあいなのに」

「長いから、あぶないんじゃないの。杏里は、安全パイ。ちょっと浮気しても待っててくれる、て、自信過剰なんだよ」

 まるで、見てきたようなことを言う。彼女いない歴二十四年の北斗には、まるで考えの及ばない世界。由衣も、男とは付き合わないのだが、こうしたことへの、眼力は鋭いのだ。


 十一月の、金曜の夜。

 前触れもなく、丈が、北斗の部屋を訪れた。

「どうした、めずらしいね」

 一度だけ訪ねてきて、チンケな部屋だな、と、けなしたくせに。

 丈とは、勤務先の給料が違いすぎる。北斗には、この程度で精いっぱいなのだ。

 部屋に入って、コートを脱ぐなり、丈は、とんでもないことを口にした。


「なあ、北斗、男と、やったことある?」

「は?」

「だから、セックス」

「あるわけ、ないだろ」

 何が言いたいのだ、丈は。

「そうか。俺もだよ」

 にやにやしながら、

「女は何人、知ってるんだ」

 言いにくいことを訊いてくる。

「ないよ」

「ん? でも、キスくらいしたんだろ」

「いや」

「へえ、一度も。じゃあ、あれか」

 丈は、さも馬鹿にしたような声で。

「中一の、俺とキスして以来、誰とも、なんにもしてないってこと」


「そうだよ」

 居直って答えるしかなかった。

「そうか。それは教え甲斐があるな」

 ギラギラした目で、丈が迫ってくる。

「北斗。俺と、やろうぜ。男同士ってどんなものか、実験してみよ」


【追記】

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

5,6,7話に、ゲイポルノか、と思わせる性描写がございます。極端すぎて話のバランスが崩れるかとも思いましたが、やはり書きたくて。


そこでお願いです。

苦手な方は、ここで読むのをやめる、のではなく。8話以降を、読んでいただきたいのです。

北斗、丈、杏里が、どうなっていくのか。

最後、10話まで読んでもらえたら幸せです。けして読後感は悪くない、と自負しております。

3,話も読めない、と言う方は、10話だけでも、けっこうです。あのラストは、自分でも気に行っております。

 。


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