第3話 一見、清潔そうだけど
高校二年の春。
杏里とも丈とも、北斗は別クラスになった。杏里とはESSで会えるし、丈は、杏里と付き合っているから、今更、中学の時、実験でキスしただけの自分にかまうはずがない。実際、キスしたことも、北斗は忘れかけていた。
ある日の放課後。北斗は、杏里と丈のキスの現場を見てしまった。
ショックだった。
リアルなキスシーンを見たのは、生まれて初めて。
それが、あこがれの杏里と、自分がキスした相手の丈。皮肉と言うか、なんというか。
間接キス、なんて、ふと思う。
ふれたことのある丈の唇と、女神のように崇める杏里の唇が重なるのを見て、そんな妄想を抱いた。実際は、間接キスでもなんでもないのに。
高校二年の秋。
文化祭で、ESS4は、英語劇「ロミオとジュリエット」を上演した。全部は無理なので、バルコニーシーン、秘密の結婚式、行き違いで共に死を選ぶラストのみ。
ロミオは丈、ジュリエットは杏里。北斗は、神父役だった。
輝くばかりに美しいカップルの結婚を承認する役目。対立する両家の
和解につながれば、と善意でしたことが、結局、悲劇につながってしまう。
杏里も丈も、適役だった。
美しい二人を前に、本当にふたりが結ばれてくれ、と北斗は願った。
どこまでいっても、自分は脇役に過ぎない。それでもいい、杏里を見守ってい
られたら。
いつか、ふたりの結婚式に出て、祝福できたら、と、北斗は夢想した。
北斗の妹、由衣は、二歳違いである。来年は北斗と同じS高合格を狙っていた。というか、北斗と違って、悠々、合格ラインだ。
父は、由衣の高校受験に関しても、女子高でいい、その方が女らしくなるだろう、と言っていたと、由衣は鼻で笑った。
勝気そうで、きりっとした顔立ちの由衣は、
「女子高って、暑いからって、ノートでスカートの中、バサバサあおいだりする
んだって。男の目がないから、そんなことができんだね」
北斗は仰天した。もちろん、女子のそんな姿を見たことはない。S高は男女半々。男子も女子も、互いに見苦しいところは見せないようにしている、かもしれない。
父は、由衣に、S高を受けるのは黙認するが、塾には行かせないと言った。
「別に、いいよ。塾なんか行かなくても、合格して見せる」
頼もしいというかなんというか。ぎりぎりで合格した北斗とは雲泥の差。優秀で、しっかりした妹だった。
翌年、三月。
由衣は見事にS高に受かった。父は、特に何も言わなかった。
四月。
北斗は、高校三年になり、由衣とともに同じS高2通うようになった。
今年も、杏里とも、丈とも、別のクラスだった。
由衣は、ESSを選んだ。
「北斗の妹さんなの」
杏里は、由衣の入部を喜んでくれた。
北斗、とファーストネームで呼ぶのは、親しいから、というより、帰国子女の杏里には、それが当然、だったからだろう。
さばさばした性格の由衣は、杏里に気に入られた。
その調子で、杏里と仲良くしてくれ。
と、北斗は思った。とっくに振られているも同然なのだが、少しでも杏里のそばにいたい、話したい。
丈と杏里は、相変わらず仲がよかった。
ランチタイム、由衣が、そこへ割り込んでいった。いいチャンスとばかり、北斗もくっついていき、いつの間にか四人での昼食、が習慣に。
ある日、北斗と帰宅する途中で、由衣が、
「杏里先輩、あんなのがいいんだ」
いまいましそうに言った。
「あんなの?」
丈のことだろうか。北斗はいぶかった。
「青木丈。なんか裏表がある。粘着質で、冷たい感じ」
それじゃ、カメレオンかなんかか?
「一見、さわやかで清潔そうだけどさ。腹ン中は真っ黒っていうか。すごく汚いものを抱えてる感じ。一目見て、こいつダメだと思ったよ、杏里先輩の彼氏としては」
衝撃だった。
そこまで、言う?
妹の毒舌に、北斗は、どう答えていいかわからなかった。
確かに、丈は、女子の間ではともかく。男子には、あまり好かれていないらしい。
北斗にとっては、丈は、中学一年の秋までは、親しくしてくれた友人。キスの実験のせいで距離をおいたが、今は恋焦がれる杏里の恋人。複雑な感情を抱いてしまう相手だが、悪感情は持てないのだ。
受験が近づいていた。
北斗の成績はさっぱりで、一流どころか、三流大学がせいぜいと聞いて、父は激怒した。しかも浪人は許さないとのことで、入れるところに入るしかないだろう。
杏里は、希望の進路を由衣に問われ、
「0女子大の英文科」
と応えた。
さすがだ。北斗は感心する。
女子大としては超難関の国立大学。
由衣は、
「私、あそこの数学科、狙ってるんです。先輩、ゼッタイ受かってくださいね、大学でも後輩になりたいです」
北斗には、驚くしかない、妹の志望先だった。
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