第8章 『戦い』 【1】
東北新幹線は、大宮駅までで、折り返しになっていた。
大宮駅の駅員によれば、雪が降っているのは東京都内で、埼玉県内はほとんど降っていない、とのことだった。
駅前のタクシー乗り場には、もうタクシーはいなかった。人びとは、白タク――普通の乗用車でタクシーの代わりをする、違法運転の乗用車に群がっていたが、多摩地区まで行ける見込みのある車はなかった。
恭司は、深呼吸して、駅の標示板を見つめた。
「そうか……これなら、行けるかもしれない」
恭司は切符を買って、また改札へと向かった。
その頃、季里は、逝川高校へと戻っていた。
なぜ高校へ向かうのかは、季里自身にも分からなかった。ただ、更紗が呼んでいる気がしたのだ。
そして、季里は自分の『気がする』能力を、信じていた。
高校の図書館は、時計台を残して、雪に埋もれていた。その中に、森本先生はいるはずだが……どうやって入ればいいのか、季里には分からなかったのだ。
「森本先生……」
悲しい声で、季里はつぶやいた。
けれど、すぐにハッとした。自分の進むべき道が分かったのだ。
図書館は、学校の敷地の端にある。そこから季里は、グランドの方へと歩いて行った。
雪の上に、陣内の眼鏡が落ちていた。
拾い上げて、季里はふしぎに思った。どうしてこれが、陣内のものだと分かったのだろう。名前が書いてあるわけでもないのに。
けれど、分かったのだ。――陣内と美砂が、どうなったのかも。
どうしてだろう、悲しい、という気持ちは起こらなかった。ただ、二人は死んだのだという思いだけがあった。
こんなことはやめさせなければならない――。
そこだけ雪のなかった野球部のグランドには、もう雪が降り積もり、周りの校庭と見分けが付かなくなっていた。
マウンドの辺りに、更紗が立っていた。
「来たのね、季里」
更紗は、ほほえんだ。
「もう、やめて。みんな――みんな、死んでしまう」
季里は懇願した。
「そうね。死んでしまうね。でも、私はそのために、ここにいるの。だから、やめることはできない」
「どうして――」
季里の問いに、更紗は心から楽しそうに答えた。
「言ったでしょう。私は、神さまなの。この地上に、死をもたらすために、やってきたの。まず東京、この大きな街から滅びてもらう」
「神さまだからって、そんなことしていいわけ、ない。だって、人間も、この世界も、神さまが作ったものなのでしょう?」
「作る神さまと、壊す神さまがいるの。私は、壊すほう」
「でも、なんのために?」
「子どもは積み木の家を作る。でも、そのうち壊してしまう。どうしてかしら。わけなんかないの。ただ、時が来たら壊すだけのこと。すべてのものには寿命があるの。そういうことなの、季里」
「でも、あなたは子どもではないでしょう」
「どうかしらね」
更紗はふ……と笑った。
「私は、自分のことを、何も知らない。ただ、神だということしか知らないの。そして、この地上に使わされたわけと。……私には、私しかいない。でも、するべきことは覚えている。いくら相手が季里でも、じゃまはさせないから」
更紗が右手を挙げると、すさまじい吹雪が舞い、季里の体が軽々と宙を待って、過ぎた。その後には、季里が倒れて……いなかった。さっきまでのように、しっかりと雪を踏みしめ、更紗をじっと見つめていた。
「さすがね、季里は」
更紗はにこやかに言った。
「私だけじゃない。こんなになっても、まだ、生きている人がいる。その人たちだけでも、私は、助けなくちゃいけないの」
「どうやって?」
笑いながら、更紗は右手を挙げようとした。
「いやっ!」
季里が叫ぶと、きんきんした声が衝撃波となり、降り続ける雪に風紋のような模様を描いた。
波を受けて、更紗は少しだけ、よろめいた。それだけのことなのに、信じられない、という表情で、季里をにらみつけた。
「どうも、私がまだ知らない季里の顔があるみたいね」
「私はあなたを傷つけたくない」
季里も、更紗から目を離さなかった。
「だから、おねがい。もう、こんなことはやめて」
「できない相談ね」
「どうして?」
「まだ分からないの? 私は、私がここにいる理由を実行しているのに過ぎないよ。でも季里、そのためには、どんなことでもするつもり。……もう、いいかな。私は暇じゃないの」
更紗は、季里のほうを見つめて、指差した。
また一段と激しい風が吹き、季里の体は宙に飛ばされて、雪原を転がった。
季里は必死で立ち上がる。
「やめて……もう……」
更紗は顔をしかめた。
「季里、しつこい」
「人間は、だれでも、最後には生きていたいものだ――私は、そう思う」
肩で息をしながら、季里はかろうじて言った。
「だから更紗、おねがい。みんなを、助けて」
「あー、うるさい!」
更紗は、セミロングの髪をかきむしった。
「季里! 死ね!」
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