第4章 死にゆく街 【2】
『史上最大の豪雪が、東京を襲っています。政府は、都内にお住まいの方に、外へ出ないよう呼びかけています。車道も雪にふさがれている箇所が相次いでおります。今後、大規模な停電も心配されています。都民の皆さん、どうぞ、落ちついて行動して下さい。繰り返します。史上最大の――』
午前零時。ラジオが言ったとき、台所の灯りが、ふっ……と消えた。ラジオの音声も、後を追うように消えた。
雪は、庭も含めて、完全に建物の一階を、埋め尽くしている。『ねむ』の方とは違って、こちらは窓をふさいでいない。そこまで間に合わなかったのだ。
紘史が、LEDのランタンを点けた。白い光が、台所を照らし出した。
「ランタンはもう一個ある。お前が使うといい」
「うん。でも……」
季里は、不安に飲みこまれそうになっていた。
「ラジオも、止まったよ」
「乾電池は、入れ替えたばかりだ。と言うことは――」
紘史は腕組みをした。
「高圧線が、やられたのかもしれないな」
「どういうこと?」
「電気は、東京都の外で作られて、鉄塔の高圧線で、変電所まで送られてくる。だが、その鉄塔が問題なんだ。東北地方の鉄塔は、雪のことを考えて丈夫にできている。東京はそうじゃない。着雪で、わりと簡単に、折れ曲がってしまう。そうでなくても、電線に着雪して切れてしまうことだってあるだろう。そうなったら、東京は、終わりだ」
「でも、ガスは点いているよ」
「ここのガスストーブは、電気を使わないからな。ただ、換気をしないと、一酸化炭素中毒にもなりかねない。頭が痛いよ」
「紘史兄さん、……冷静だね」
「心配しても始まらないからな」
あっさりと、紘史は言った。
「俺たちは、雪国の出身だ。雪に逆らっても無駄だ、ってことは知ってるだろう」
「うん」
そう答えるしかなかった。
「電池もガスも、もったいない。早く寝ることにしよう」
「うん……」
「まったく、とんだ年越しになっちまったな」
紘史は苦笑いした。
「おめでとう、とも言えやしない」
季里は考えて、言った。
「それでもおめでとう、って言おう? 紘史兄さん。あしたのために」
「あしたのため、か……」
「もし、私たちも、他のみんなも、死んでしまったとしても、あしたは来るんだから」
季里はうっすらと笑った。紘史も笑顔で答えた。
「そうだな。あしたは来る。どういうあしたか、は分からないがね。……あけましておめでとう」
「うん。おめでとう」
ふたりは、微笑み合った。
自分の部屋に戻ると、寒さが身にしみた。毛布と布団をかぶって、季里は、目を閉じた。
……閉じた目に浮かぶのは、恭司の顔、そして、更紗の顔だった。
「逢いたいな……」
季里は、つぶやいた。
どちらに逢いたいのかは、季里本人にも分からない。
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