9、孤繭

 ちょっと躓いた、それだけだと最初は思った。でも、自分で自分に起きていることを認識するよりも早く、引き返せない場所まで落ちていた。またゼロからやり直し。まただ。それだけは嫌だったのに、他に道がない。もしくはここで終わりにするか。言うことを聞かない体も、動きのなまり切った脳も、答えをくれない。

 太陽が傾く色に、空っぽの胴体が蠢くから、どうすれば、分からない。分からないからパソコンから音楽をシャッフルで流す。ほんの誤魔化しのつもりで、うるさければすぐに消すつもりで。

 でも、流れて来た音楽に、私の動きが止まる。

 それは私の好きなバンドの、アコースティックバージョン、特別盤にのみ収録されていた曲。何千曲とある中から八曲しかないそのアルバムの曲が引き出された。

 それは親友がプレゼントしてくれたアルバムだった。ずっとずっと若い頃、まだ私達が親友になるか分からないくらい昔。それを手渡されたときの場所が、空気が、その手が、音楽に誘われるように蘇る。

 急峻に私が見えた。

 私はいつの間にか孤独の繭の中に居た。世界と私が二極化して、私以外の全てが世界側になっていた。そして世界は私を非難して、私はたった一人で立ち向かわなければならない。

 その繭に、裂け目が入った。裂け目に指が掛けられ、ぐいと引かれ、君が顔を覗かせる。

「ひとりじゃないって、分かってるだろ?」

 繭は風に散るように、なくなって、私は一人立つ。永遠のかくれんぼから救われて、周囲を見渡せば、恋人も、家族も、私が大切にしていた筈の全ての、君を含めて、そう言う人達が世界から私の横に戻っている。

 曲はゆっくりと終わる。

「ありがとう」

 音楽の向こう側にいる君に呟く。涙が出てしまったから、君に話すかは、どうしようかな。


(9、孤繭、了)

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