6、秘事

 たくあんを肌に付ける。冷んやりして、ぺたぺたして、うっとりする。

 家人が寝静まってから音を立てないように台所まで歩く。皆の寝所は二階だから、階段を越えるところが難所で、そこさえ通過すれば目的地はすぐ。深夜のキンとした空気、闇の中を壁伝いに、一歩、一歩、息を殺して進む。階上から気配。私は立ち止まってそれを伺う。トイレの流れる音、ドアの閉まる音。念の為に五十数える、胸の中で。――数え終えた、足を前に出す。

 電気の付いていない台所は、家電のぼうとした電子の光に彩られていて、それがかえって暗さを強調する。冷蔵庫まで寄ってゆく。開けた途端に照らされるから、それが二階にまで届くことは考えられないけど、それでも最短の時間でたくあんを出さなければならない。場所は寝る前に麦茶を飲みがてら確認している。

 ここを開ければたくあんがある。

 強い集中は緊張に似ていて、押し込めた興奮は予感に似ている。

 もう一度周囲を確認する。眼で、耳で、些細な全てを捉えようと、それらを大きく開く。

 何もない。

 誰もいない。

 私はついに冷蔵庫を開けて、たくあんの入った皿を、音のしないように取り出す。素早く、しかし静かに扉を閉め、うずくまり、そっとラップを剥がす。真っ暗で見えないけれども、この香りは間違いなくたくあんだ。今私の手の中にたくあんがある。

 でも私は嗅ぎに来たのではない。触れに来たのだ。

 皿を床に置いたら、パジャマの上半身を脱ぐ。乳房もあらわに、上着を後ろに置いたら、たくあんを一枚指で摘む。胸の中が最高潮の飢えに満たされる。左の乳房の上に、置く。

「あっ」

 出てしまった声に口を塞ぐ。鼓動が早まる。気配を全霊で伺う。――誰もいない。大丈夫。

 たくあんの感触に意識を向ける。冷たくて。たくあんを乳房の上をゆっくりと滑らせる。ぺたぺたして。少しの引っ掛かりがあって。たまらない。もう一つ行ってしまおうか、しまおう。

 右にも乗せる。新しくたくあんを感じる。こっちはそのままにして、左をもう少しズラして、ズラして、そのズレる感覚に身を委ねて、大回りをして臍の上まで行ったら、外す。右は心臓の上を通して、同じ場所へ。でもその先にはまだ至らせたことがない。そこまでしたら変態じゃないか。だけど、進んでみたい。きっと凄いことになる。どうしよう、やる? 息が上がる。心臓が激しく打つ。どうしよう、今日こそ、行ってしまおうか。


(6、秘事、了)

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