4、心臓

 君の心臓は僕の心臓ではない。

 胸を押さえて苦しむ彼が「痛い」と繰り返す。僕はそれを見ている。彼が汗を垂らしながら苦悶しても、僕は痛くない。僕の胸には何も鳴らない。脈は穏やかに、汗も出ない。

「助けてくれ!」

 見も知らぬ他人に触れたくない。緊急事態が嫌いだ。面倒で、親切を強要されるのが不愉快だ。だからと言って見ぬフリはしない。だとしても何かが返って来たことはない、徒労感だけが残る。分かっているけど、救急車を呼んで、場所の安全の確保はした。

「救急隊が到着するのを待ちましょう」

「俺は死ぬのかな」

「分かりません」

 救急車はなかなか来ない。男はしきりに痛い! を繰り返す。僕は痛くない。全然痛くない。関わってしまった責任として引渡しまではするけど、それ以降は知らない。彼が生きるか死ぬかは知らない。

「痛い!」

 ことさら大きな声で叫んだと思ったら静かになった。

 ぐったりとして動かない、呼吸も止まった。

 僕は溜め息を一ついて、意識の確認から心臓マッサージまでを開始する。周囲の野次馬に援助を求めたら三人が名乗り出てくれた。心臓マッサージを交代して、一息ついているところで救急車が到着した。

 救急隊員は男を見て、ちょっと引いた顔をした後に搬送した。彼がもし死んでいたとしても僕は死んでいない。彼は彼で完結しているし、僕は僕だ。


 全く同じ状況に友人がなった。痛い痛いと胸を押さえる。僕は救急車を呼ぶ。

「めっちゃ痛い。死ぬかも」

 友人が死ぬかも知れない、衝撃に落ち着いていられなくなる。何か出来ることはないか。

「さすろうか?」

「いや、多分関係ない。救急車に一緒に来てくれたらありがたい」

 友人はそこからぐったりと何も言わなくなった。意識の確認、心停止してるから心臓マッサージ。僕は周囲に助けを求めて、心臓マッサージを交代した。この心マが中断したら彼は死んでしまう。救急車が来て、隊員の「助からない」視線、腹から胸に火柱が立つ。決めるのはお前達じゃない。とっとと運べ。

 同乗して、救急外来に入る。僕は待ち合いで長く待たされて、きっと死んでる、いや死なない、それだけを考えていた。呼ばれて、行くと、友人は死んだと告げられた。僕と友人は別の心臓を持っているから、痛みは伝わらないし、死んだとしても僕が死ぬ訳じゃない。なのに、彼が死んだことが僕の心臓を握り潰す。

 あのときの男にも、彼を想う誰かがいたのかも知れない。


(4、心臓、了)

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