3、鋏切
作りかけのマフラーが青い毛糸玉と繋がって、その糸が最後の命綱のようで、頼りなく、息を潜めている。開け広げたリビングのドアの向こう側にそれだけが見える。
濡れたスニーカーを脱ぎ、水の足跡を残してマフラーの前、座る。
――別れよう。
彼の揺るぎない言葉が、抵抗の意味なんてないと分かる芯からの声が、涙を流させた。彼はそれ以降何も言わずに私を見て、きっと嫌がればそれだけ付き合ってはくれた、でも、私は泣くだけ泣いて、私達を世界から隔てる雨の中、彼は待って、言葉だけは一度も
――さよなら。
彼の後ろ姿が雨霞に消えても動けずに、ずっと雨音を聞きながら彼の思い出を浮かべては、消した。せめて太陽が照らしてくれれば、でも一向にその気配はなく、雨足がさらに強くなったことに背を押されて家に帰った。
歩けば巡る思い出を止められない。通った街、はしゃいだ道、笑った場所。交わした言葉、触れた瞬間、出会ったとき。あのとき、彼は寒そうだった。もう何年も前、私は彼に約束した。きっとあなたを暖める。
それがなおざりになったのは、あなたが私を暖めてくれたから。それでも、二人の未来には私だって、だから今年こそは編もうと決めて、もう、半分まで出来ている。驚かせたかった、秘密で、遅くても一目一目に想いを込めて、もう半分。
「もう半分なのに」
毛糸玉から一本だけマフラーに繋がる線。雨はここも世界から隔離するように、他に音なんて何もないみたい、右手で毛糸玉を、左手でマフラーを掴む。急に息が詰まって、涙が込み上げて来る。両手に持ったものを抱き締めるように寄せる。
そのまま雨の声に耳を澄ませる。どこかで同じ雨を聞いている彼がいる。想いが届かなかった訳じゃない。届いて、受け入れられて、捨てられた。だから気持ちを編み込めたものなんてもう必要ない。
目を
だからハサミを取った。
彼と私を繋ぐ最後の糸を切る。毛糸玉は未来だ、まだ何にでもなれる。
半分のマフラーを袋に入れる。固まってしまった過去がいつか捨てられる日まで、そっと隠そう。
雨の鳴る音、だから私と雨だけの秘密、涙は乾かないけど雨が少しだけ、柔らかい。
(3、鋏切、了)
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