2、皮膜
ゴミ屋敷も天井だけは見える。
ウイスキー。アルコール。アルコール、アルコール。酔えれば何でもいい。
「人生をいっとき忘れるための酒、とは上手いこと言った」
外出は酒とつまみを買う以外はしない。男が風呂に入ったのはいつだ、異臭、当人は分からない。酒の味も分からない。舌ではない、脳でアルコールを味わう。世界が鈍くなる。何もかもがどうでもよくなる。人生が隠れる。永遠に顔を出すな、でも飲み続けなければいずれ潮が退くように醒めてゆく。
「金さえあれば人生楽勝ってったって、酒を飲む相手もいないでこれが人生か」
十分な遺産、人生を飲み切るだけならば。兄弟はなく結婚してないし子供もいない。いつから飲んでいるのか、このまま死ぬまで飲み続けるのか、それでもいい。金はある、だけど生き甲斐がない、つまらない。俺の人生がつまらない、……俺がつまらない。嫌われた、見捨てられた。生きる意味を失った。どこを切っても死んだ方がいい。
「ところが自分で死ぬってのは、怖いんだな。だから終わりが来るまで飲むんだ」
煽った酒が脳髄に届いて、また大きな気持ち。現実がどうかなんて関係ない、現実をどう見るかだけが胸の具合を決める。アルコールは現実をなかったことにして、それが妄想だろうと気持ちよくしてくれる。アルコールが合法ドラッグの王様だ。知ってる。俺は知っている。アルコールで死ぬルートがたっくさんあることを。
「食道癌、胃癌、肝臓癌、肝硬変、急性アルコール中毒、ウェルニッケ=コルサコフ症候群、交通事故、他人への危害では社会的に死ぬ、俺はバカだから考えることは出来ないから、覚えるだけだ。でも覚えたことだけを人に話すのはみっともない。バカだと宣言している。だから独り言で呟くんだ。呟きは他人に見せるものじゃない」
部屋は四人家族が住める広さ、でも男の布団とその周囲以外は全部がモノで埋まっている。男が埋めているのは部屋ではない。彼の過去の全てだ。男は今だけを生きて、その今をアルコールで曖昧にする。
「この味を知っちゃったら、戻れない、今俺は、満たされていないことが分からないから、楽」
アルコール。
アルコール。
いつかそこで死ぬ日まで飲み続ける。男はそれが人生の目的になっていることにも、膜を張っているから気付かない。
(2、皮膜、了)
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