蛇姫のための十の小品
真花
1、読点
産み棄てられた言葉たちを見る度に母のことを想う。
命が形を成すことと、それが私になることには若干ならぬズレがあって、その間隙に彼女は首を吊った。予兆はあれど今夜もきっと平和な三人、朗らかに部屋に入った父はどんな顔をしたのだろう。彼が言うには、私は母を見て、じっと見て、泣きもせず、笑いもせず、黙っていたそうだ。母を恨もうにも、望もうにも、想像力が要求されて、言葉を得るまでそのどちらをもすることが出来なかった。
「だからって、今、言葉があるからって恨みが結晶化したりはしない。多分、そもそも恨んでない、お母さんのこと」
墓前でも仏前でもない、記念になる日でもない、思い出せない人のことを思い出すのには、だけど理由が要る。嫌いにならないで欲しい、お母さんも、あなたも。二人きりで秋の風の中、紅葉を照らす陽の光が少しずつ葉の色に近付いて行くのを見ている。最初の恋じゃない。最後かどうかは分からない。でも、あなたを見ている。
「俺は」
眩しいのかな、それとも、見てられないのかな。世界に二人だけだったのにお母さんを連れ込んだことに、苛立っているのかな。私はまだ彼の発する色だけから彼を読み取る程習熟していない。お母さんのために想った全てよりも鋭くて黒いものが胸に刺さる。いや、お母さんはそんなものを投げかけなかっただけ。
「あなたは」
「死ぬ気持ちは分からない。分からないから愚かとも言えない。美しいとも言えない。でも、自分の命は自分で使う、そう決めている」
突き刺さって沈もうとしていた黒が砂糖が粉になるように消える。彼の表情が見えない、夕陽が強くて、見えない。彼は息を吸って、一枚大きな声。
「俺は、大事な人のために命を使うのは、生きる意味ではやる。でも、もし命を死として使うなら、それは避けたい。どうしても、その大事な人を助けるために他の全ての選択肢を吟味して、命を使うしかないのなら、残念だなと思いながら死ぬよ」
陽光が彼に当たって散る。信じられる、彼の言葉は産み棄てられていない、証明は時間を共にする間にされてゆくだろう、きっとされる。
「私は、生きようとすることしか約束出来ない」
「十分だよ」
「母を知らない」
「知らなくても、君は愛を知っている。だから十分なんだ」
太陽に
(1、読点、了)
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