【最終話】アーニャ・ベルモンティア。

世界最強の剣士、コーゾー・ユリケンウスは再び旅に出た。不滅の剣クラウ・ソラスを探して。


「暴漢に襲われ深手を負った」

「遠く離れた地に凶暴な魔獣が」

「親戚が危篤で」

「痔が爆発して」


それらの理由で道場を閉め姿をくらまし、彼はバルム王からの呼び出しの後、なんと驚くべきことにおよそ3年間、王の呼び出しをかわし続けたのだ。


考えつく言い訳は使い尽くした。もはや打つ手なし。

そう感じたコーゾーは王都を後にした。

「クラウ・ソラスをこの手にするまで王都には帰らない」という決意を胸に。


知り合いの姿に怯えながら王都を抜け、目立たぬようわざと街道からずいぶん離れたところで野宿をした。夜空を見上げて、おぼろげな記憶に思いをはせて。


娯楽都市ユートレットに立ち寄ると、近くの村で年に一度の祭りが開かれるという話を耳にした。


コーゾーはかつての酩酊した記憶を辿り、その村に行ってみることにした。




コーゾーの記憶は3年前に遡る。


「魔獣の、気配が少ない……」

コーゾーはそう思った。

祭りで多くの者が出歩いていたが、身なりを見ればそのほとんどが村外の者で、こじんまりと立ち並ぶ村の家々や畑を眺めると、質素で、しかしとても平和な村のように見えた。


祭りでは、村を訪れた全ての者に料理や酒が振る舞われていた。大瓶を煽りながら旅歩きをするほど酒好きだったコーゾーは、祭りの日にこの村に立ち寄ったことをとても幸運に思った。


飾らない愉快な楽団の演奏で、一杯。

あどけない妖精たちの踊りを見て、一杯。


夕方から夜にかけての幻想的な景色。

祭りの余興で魔獣が放たれ、これぞ出番と剣を抜いた。





なにせ彼は上機嫌だったのだ。






“あの”祭りの日からもう3年。

私とエリスは16歳になった。


今年も壇上で2人のダンスを披露している。


ヤジを飛ばす客はもう一人としていない。

3年もあったんだ。練習する、させられる機会は山ほどあった。私だってダンスの一つくらい覚えられる。


「美しい……」

「女神のようだ……」


とかの声が聴こえ、中には両手を組んで拝みだす観客までいる始末。お婆ちゃん、ちょっと落ち着いて。


当たり前だ。

私たちは双子。同じ顔が同じダンスを踊って、髪型も、衣装も一緒。

エリスが綺麗なら私だって綺麗、な、はず。


(このダンスが終われば、いつもの服に着替えて、髪を元に戻して……)


剣の鍛錬のため祭りを抜け出す算段をつけていた曲の終盤。


ただならぬ気配が。



視線が……?これは……なに?




誰かに教えられたこともないのに、殺気のようなものを感じる。

ブワァと額に汗を感じ、踊りながら、私を突き殺すような視線の方向に目だけを向けた。



先生!?



粗末なローブ、腰に着けた長い剣、しわだらけの顔、顎から垂れ下がる白い髭。どこからどうみても先生だ。


先生は私にあの鋭いまなざしを向け、恐ろしいほどの気迫を飛ばしてくる。


常人ならばたちまち逃げ出してしまうだろう。でも私はその圧力に耐え、ダンスを踊り続けた。ステップは鋭く軽く、腕の振りは柔らかく緩急をつけて。踏み出した足を軸に回り、加速した腕の振りで先生に向けた斬撃を飛ばす(※イメージ)。


「お、おい。なんか……右側の娘のダンスが変わってないか?」

「ああ、俺も気が付いた。だが振り付け自体は左の娘と一緒……!」

「虫でも追い払ってるのか?」


私の斬撃(※イメージ)が20回を超え、先生の顔面がズタズタになった(気がする)頃に曲が終わった。



「先生っ!」


壇上から降りるとすぐに先生に向かって駆け寄った。

松明に照らされるその粗末なローブ姿、腰の長い剣。全部3年前と同じ。

近くで見た先生の額には汗がにじみ、そして険しい表情だった。


「見てくれましたか?私の”舞い”をっ!」


私は確信していた。先生は強くなった私を見に来てくれたんだ!


「う……ううむ……。その、クラウ……」


先生は小さな目をさらに小さくして、モゴモゴ言いながら口をへの字に曲げた。


もしかすると私の斬撃(※イメージ)が魔力的な何かのアレで、少しでも先生の所まで届いたのかもしれない!


「そうだ!待っててください!」


私は嬉しくなって急いで家に向かった。




コーゾーは思った。


(あの娘だーーーー!!!そうだ、思い出したぞ!酒に酔ってフラフラ歩いておったら、何やら木に向かってガツガツやっておった小娘っ!気分が良かったもので、お遊びで剣術稽古の真似事をしてやったんだ!そうだ、その時――)


「先生っ!」


家から走って戻ってきた私は、先生を前にして後ろ手を組んだ。




折れかかった私を叩き直し、先生はとても重い剣を授けてくださった。

そんな重さの剣を、なぜ先生は女の私に渡してきたのか毎日考え続けた。


それは試練そのものだったのだ。

境遇を受け入れ、試練と正面から向き合い、鍛えて、折れたらまた鍛えて。



胸がドキドキしている。

さっきまでダンスを見ていた大勢の観客が、父が、母が、エリスが私の行動に注目している。


私はきっぱりと、あの夜よりも真っ直ぐに先生の目を見て言った。





「先生っ!私は、私は剣士になりたいんですっ!」



私は後ろ手に隠した2本を、私の“夢”を、先生に向けた。


高く……、高く昇りたい。

鍛えて、昇華させた武器と一緒に。

これが―――。



「二刀一閃流、ランチャー、デリバートですっ!!」


先生は目を見開いた。


「……ああっ!!!!!!!」



「先生、私の技を受けてくださいっ!」




夜風を受けたレースの衣装がフワリとひるがえる。


静まり返った広場。


息を飲む村の人々。



コーゾーは思った。


(ふふ、不敗の剣クラウ・ソラスじゃないかぁぁぁ!!あの刃の輝き、デザイン、間違いないっ!!!!ま、ま、真っ二つ……な、なんてことをーーーーっ!!!!!!)



私が生み出した「ランチャー」「デリバート」を見て驚いた様子の先生は、長く白い髭をカクカクと揺らしている。

あるいは、これが先生の中での武器の理想形、「武の完成」を見たのかもしれない。


「くく、クラ……、クラウ……」

「先生っ!」

「はいっ!?」


素っ頓狂な声を挙げる先生だったが、これもまた私に何かを悟らせるための深いお考えがあるに違いない。

弟子である私は、ただそこに飛び込むのみ!


「行きますっ!!」


私は先生の構えなど気にせず、大きく振りかぶった右のランチャーを素早く振った。


「ッ!!」


流石、先生だと思った。


先生は刹那に腰の剣を持ち上げ、鞘で私の斬撃を受けた。


「まだまだッ!」


初撃が鞘の一部を斬った感触を確かめながら身体を回転させ、その勢いで左腕のデリバートを叩き込む。


デリバートの一撃を防いだのも同じく鞘。


足元の土が渦状に抉れる感覚。


私は一度地面を蹴って飛び上がり、先生の肩辺りを狙ってランチャーの柄の先端を鋭く突き下ろす。


先生は腰の剣を鞘ごと高く持ち上げ、細身のそれで正確に受け止める。

まだ足りない。


地面を蹴る。


回る。


「アーニャっ!それはだめっ!!」


エリスが叫んだ。


外に向かって飛んでいこうとする2本の剣を、強く掴んだり、弱く掴んだり。


高く、低く、上から、下から。


気が付くと先生の細身の剣が抜き放たれていた。

硬い金属を叩く感触が手に伝わり、目の前で火花が散る。


私はそれでも加速する。

松明の光を巻き込んで、月明りを巻き込んで。


右、左、左、右。


肩を狙って、胸元を狙って、腰、顔、腕、足。


斬ったり、突いたり、叩いたり。



回る、斬る、飛ぶ、落ちる。






何度も何度も繰り返す……。



何度も――。






景色が見えない。光だけが私を包んでいる。


ここは……?


自分の身体はどうなっているのだろう。

腕はどこ?足は?胴体は?


意識を手に集中すると、確かに何かを握っている。

良かった。ランチャーもデリバートもなくなってない。


目の前には真っ黒な大木。


音はない。


空気もない。


速く・・速く・・、この大木を倒さなければ。


光の中に浮かぶ大木が一瞬キラリと光った。

と同時に私の身体は落下(・・)して、全身に衝撃が走った。



「ッッ!?」


びっくりした。おどろいた。


私はくぼんだ地面の真ん中で横たわり、屈んだ先生が目の前にいた。何が起こったのか理解ができない。身体の感覚もない。



「思わず剣を抜いておった」


先生は表情を作らずに言った。


剣……先生の剣のことか。


私の剣が何度も先生の剣を叩いたのは覚えている。火花が散っていた。

先生の剣は横を向いたり縦を向いたり、そこに私は剣をぶつけた。

先生と私、そして2本の剣を心から信じた。


私の剣を―――。


「ひたむきで、良い剣だった」


先生の目が、豆粒みたいになった。








最初は雨かと思った。


起き上がろうと頭を動かすと、頬に水滴が触れたのだ。

空を見上げると星がキラキラ輝いていて、視界の下の方がジワッとにじんだ。


私は先生の手に触れようと思った。きっと世界に名だたる剣士様に違いない。

感覚を取り戻した腕を、伸ばそうとした。

伸ばそうとしたけれど、何かが回り始めた。


「剣士の名前を聞こう」


頭に響くような声で先生がたずねられたので、わたしはこたえようとした。

私のからだが、まわりはじめた。


「名前は―――」


回る回る、世界が回る。

身体も、地面も、星空だって全部回る。


最終奥義の反動は私のすべてを渦に変え、臨界を迎えて行き場を失った魔力の濁流が私の内側から……。



「アーニャっ!!!!」




この声はお母さんだな。








翌朝になって私は目が覚めた。

母に昨晩のことを尋ねてみると、どうやら私はケロリンの(はいた)後に気を失ってしまったらしい。


先生はもうこの村にはいない。どこかに旅立ってしまわれたのだ。


「大した剣技だったが、あまり使わせないように」。彼はそう言い残したと聞いた。


私は先生に剣を抜かせた。これは私の剣技が先生を圧倒しかけたということにほかならない。田舎の小さな村で、木や草や石ばかりを相手にしていたこの私の技が、本物の剣士に認められたのだ。


一方で、田舎の小娘が本物の剣士を圧倒するような技を繰り出すのは、身体への影響も計り知れないのだろう。おかげで一晩経った今でも気分が悪いし、口の中も少し酸っぱい。


姉のエリスにも話を聞いてみた。

「踊りの衣装を汚された」と言って少し機嫌が悪かったが、ちゃんとなだめた。問題ない。


どうやら私の剣技の最中、先生が踏み出した足を中心に地面が大きく陥没したらしい。

地面が緩かったのか、それとも……?

足元にも注意を払うこと。なるほど。まだまだ改良が必要だ。


いずれにしても、私の最終奥義の重大な欠点である呪い(ケロリン)をどうにかしなければ、いつか現れる凶悪な魔獣に太刀打ちできないかもしれない。



まだ少しおぼつかない足取りで、私は家の裏手に回った。


そこで見つけたのは私の愛剣「ランチャー」「デリバート」。


誰がやったのか、十字に組まれ立てかけられていた。






大木はもうない。


ついに私は倒したのだ。




アーニャ・ベルモンティアは、剣士になったのだ。

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とどまることをしらない無数の斬撃は光を巻き込みやがて悪を打ち倒す!(だが呪われていた) @hayataruu

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