【3話】最終奥義。
男は上の空だった。
「ハァ……ハァ……。先生!どうでしたか、今の打ち込み!」
「ん?うむ、なかなか……」
「本当ですか!光栄です、世界最強と謳われたコーゾー先生に褒められるなんて!」
「うぅむ……うむ……」
「では先生、もう1本!」
ここはバルム王国。
世界で最も歴史あるその王都で、コーゾー・ユリケンウスは剣術道場を開いていた。
彼は人間族最強の剣士だった。だが、庶民から貴族、王族に至るまで平等に接することを重んじており、その精神や剣技に感化された多くの者が門を叩いていた。
「コーゾー・ユリケンウスは居るか!」
道場の入口が勢いよく開き、現れたのは鎧を身にまとった王国騎士団員。
「王が城でお待ちだ。我々と同行してもらうぞ」
「うむむ……」
バルム城、謁見の間。
王を前にコーゾーはひざまずき、ひどい汗をかいている。
「コーゾー・ユリケンウス。長旅ご苦労。いつ戻っておったのだ?」
「はっ。つい、半月ほど前……」
「半月……。儂への挨拶がえらく遅れたな」
「は、はっ……。恐れながら、旅先にてケガを負ってしまい、療養に時間を要してしまい……」
「ケガとな?!世界一の剣士であるお前がケガを負うなど、どのような相手だったのだ?」
「……魔獣……お、大きな……、に、ございます……」
コーゾーの白い髭を汗が伝う。
「大きな魔獣……。ふむ。やはり世界には人間の力の及ばぬような強大な魔獣もおるのだな。して、コーゾーよ。不敗の剣クラウ・ソラスは手に入ったのか?」
コーゾーはドキッとした。口から心臓が飛び出しそうな感覚だった。
王に命じられ数年諸国を巡り、ようやく手に入れた伝説級の剣をどこかで紛失してしまったのだ。
誰の目も届かぬと思い、道中ずっと酒を飲んでいたのが災いの元。
王都に辿り着いてから腰に帯びていたはずのそれがないことに気がつき、立ち寄った街、村、宿、いろいろと思い返しているうちに半月も経ってしまった。
「あれは手にした者に栄光を約束するという幻の剣。世界最強のお主と合わされば、我がバルム王国の戦力は盤石のものとなる。そのための旅だったのだ。お主が帰ってきておるということは、手に入ったのであろう?」
「は……はっ。当然にございます。今日は道場に忘れてしまいましたゆえ、明日、お持ちいたします……」
コーゾーは焦っていた。
私には夢がある。
幼い頃から「魔獣からみんなを守りたい」とは思っていたが、最近になってよく考えてみると、それがどんな状況で、自分がどうありたいのか、というような具体的なものではなかったと感じるようになった。
魔獣、悪い存在からみんなを守るということは、守れない状況があってはならない。
狼は倒せるけど、ゴブリンはダメ。
魔獣は大丈夫だけど、悪い人間や魔族には歯が立たない。
それではいけないのだ。
私の夢を叶えるためには、乗り越えなければいけない問題がある。
私が女であるということ。
しかしその問題を、私はついに克服することができるかもしれない。
方法の一つは「技」。
女性特有のしなやかな身のこなしを生かし、また力に頼らず攻撃速度と頻度を極限まで追求するこの流派を、私は「二刀一閃流」と名付けた(誰にも言ってない)。
そして方法の二つ目は武器。
先生から授かった短剣は重い。どんなに毎日振って鍛錬しても、女の子である私が軽々と扱えるようになることは一生ないだろう。そのような武器は私の二刀一閃流には向いていない。
だから――。
「アーニャ、こんな感じで良いかー?」
こんな小さな村にも鍛冶師はいる。
とは言っても、基本的に争いごととは無縁の平和な村なので、剣や槍などの武器を造ることはまずない。野菜の刈り入れに使うカマ、畑を耕すクワ、そういったものをたまに修理したりする程度。らしい。
「うーん……、もう、ちょっと……短めに、デザインを生かした感じで……」
「この剣、なーんか硬いんだよなぁ。明日じゃだめかぁ?」
「えぇーっ!今日やってよー!」
「勘弁してくれよ。俺もこの後、畑に出なきゃならないんだ」
いわゆる、兼業鍛冶師のオジサンだ。
ひと月くらいかけてようやくそれは完成した。
全体は私の肘よりちょっと長いくらいの長さ。
刃はお父さんの手の平くらいの長さで、柄の方が長い。
パッと見はすごく短い槍のような形状。だが、それは両手に2本持って扱う。
――剣を投げるな。折れそうなら、鍛えろ――
私は先生の言葉を思い出し、私だけの、私の戦い方に合った武器を生み出した。
「ランチャー」「デリバート」。
そう名付けた2本の武器は、柄に私の木剣を、刃には先生から授かった短剣を使っている。
「斬る」はもちろんのこと、「刺す」、「叩く」、「煮る……じゃなかった。……などのいろんな攻撃方法ができる。全体的に小さな部類の武器だと思うので携行しやすく、場合によっては服の中に隠し持ったりすることもできる。
誰に対して隠すのかはナイショだ。
柄を長くしたのは、間違って刃の部分を握ってケガをしないようにという親切設計。使用者の安全にも配慮された、名工(自称)の手による傑作だ。
特製の武器が完成してから、私の鍛錬には一層熱が入った。
背の高い草を刈り、木を削り、時には畑の収穫に呼ばれたことだってある。
大きな岩などの硬いものを相手にする時は刃ではなくて柄の部分で叩くようにした。刃が欠けてしまえば修理をしてもらわなければいけない。それが面倒なのだ。
そういえば一度、石造りの家の壁をうっかり斬り付けてしまったことがあったが、その時は石の方にすんなりと深い切れ込みが入った。
刃は欠けておらず、不思議なこともあるものだと思った。
そんな日々を過ごしていると、いつしか私は村のみんなから「天才剣士」と呼ばれるようになった。
明日は年に一度のお祭りの日。
村長である父が忙しいのは当然のこと、食材などを準備する母や、ダンス衣装の準備に余念がない姉のエリスは出掛けてしまった。つまり私だけだ。
ベッドの下に隠した「ランチャー」「デリバート」を手にして、私は家の裏手に回った。
このところずっと湖そばの森が鍛錬の拠点だったので、一番の近場であるここにやって来るのは、実は久しぶりだ。
改めて見てみると、幼い頃から大木だと思っていたその木の幹は大木と呼べるほどの太さではなかった。それでも、大人の胴体くらいの太さの木の幹を、拾った木の枝などで本気で切り倒そうとしていたのだから、幼さというのは無謀で、とても素敵なものだと私は思う。
木の幹に触れてみる。ザラザラした表面を手の平全体で撫でていると、私のだいたい腰くらいの高さにたくさんの傷が入っているのに気がついた。
「ダーク・スプラッシュ」
「ブレイヴ・カッター」
「インペリアル・ファイナル・ソード」
思い出せないほどたくさんの最終奥義を繰り出し、この木はそれらすべてを受けきってきた。
強敵、宿敵、邪悪の王。
私はこの村で数えきれないほどの“聖剣”を手に入れ、何度もこの木に敗北してきたのだ。
敗北し、鍛え、また敗北した。それから先生に出会い、また鍛えた。
”私”という剣は決して折れない。
右手に「ランチャー」、左手に「デリバート」。
世界を闇で覆いつくす諸悪の根源は、私の手にある2本の剣が……断ち切る。
―――――
頭で考えているワケではない。
地面を捕まえる私の足が、渦を巻く私の腰が、宙を踊る私の腕が、「動きたい」と言う方向に動かしてやる。勢いを殺すなんてもったいない。加速には加速を与えてやるのだ。
2本の刃は空気を切り裂きながら、目の前に立ちはだかる悪を削っていく。これまで防がれ続けてきた攻撃が初めて通る感覚。それが私を高揚させる。回転は景色を巻き込んで不思議な空間を作り出す。
木々が回る、地面が回る。私を中心に世界が回る。
加速は加速を生み、どこまでも速く、どこまでもどこまでもどこまでも……。
「アーニャ?」
声に驚き、私はピタリと動きを止めた。
バッと振り返ると、砂埃の向こうに驚いた表情のエリスが居た。葉っぱと花びらの冠を頭に乗せて、キラキラしたようなレース生地が光に透けている。
(お祭りの衣装……、きれいだな……)
思った時には私の顔の真横に地面があり、背後からバキバキと大きな音が聴こえてきた。
「アーニャっ!!!」
最終奥義を発動したために起こった魔力の暴走は私の視界を右から左、左から右へと激しく揺さぶり、臨界を迎えて行き場を失ったエネルギーが、私の内側から、あふれて……
……ケロリン。
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