二一話:今、この時の為に
そのまま建物内へと飛び込んだ総護は勢いを緩めること無く男へと接近。
「オラァアアッ!!」
意表を突かれ、驚いている男の脇腹を蹴り飛ばした。
「ッガ!?」
(――コイツ!?)
派手に吹き飛び、壁に激突した男。
総護は蹴り飛ばした男を意識の片隅に置きつつ、陽南と詩織に視線を向ける。
「……う、ぁ」
「ぁ、ぐっ……」
直後、詩織と陽南はほぼ同時に倒れ込む。
「お、おい!?」
焦る総護だったが、二人の呼吸がしっかりしている事が分かり、最悪の事態ではないと安堵する。
(軽い怪我と、あと尋常じゃねぇ精神の消耗か?)
素早く二人の状態を確認した総護は身に着けていた外套を脱ぎ、二人にかけると周囲の気配を探る。
(やっぱ、そーなるわなぁ)
当然と言えばそうなのだが、先程放置してきた屍が建物を取り囲む様に距離をとって集まってきていた。
幸いな事に集まってはいるが、襲いかかって来る気配はしない。
恐らく、術者の指示待ちだと総護は判断する。
「イタタタ、いやぁ凄い速さの蹴りですねぇ」
壁に激突した男がゆっくりと、服を叩きながら立ち上がる。
蹴りのダメージを感じさせない自然な動きだ。
「『凄い速さ』だぁ?
「皮肉? フフ、そんなつもりは有りません。純粋な感想ですよ」
男が派手に吹き飛んだのは総護の蹴りの威力だけではなく、男自身も
故に、負傷は皆無。
(やるしかねぇか。〝四神結界〟)
――逃げる切る事が難しい。
そう判断した総護は、詩織と陽南を起点に立方体の結界を展開する。
理由は三つ。
一つは男の『余裕』。
男は総護の速さを身で体感している。
そして総護がその速さをもって『逃げる』という選択を取る可能性も、当然ながら存在する。
しかし、
――
――
この男の余裕からは、それらが明確に感じられる。
一つは男の『肉体』。
一目で鍛えていることが分かる体格。ただ闇雲に鍛えているのではなく、格闘技などを生業とする者の肉体だ。どう見ても、ただの魔術師では無い。
一つは『得体の知れない力』。
この力があるからの余裕なのかも知れないが、どうであれ男の内側には総護の知らない力が渦巻いてる。
――総護が今まで感じた事の無い、巨大で不気味な力が。
だから迂闊に背を向ける事など出来はしなかった。
「っそれは!? クフッ、なるほど、あなたの力でしたか!!」
総護の背後、二人の少女を包む様に形成される結界を見て驚きながらも、喜ぶ様な男の反応。
「そうですか、そうですか。何かに遮られて分かりずらかったですがっ!! あなたの方が少女達よりも遥かに強い輝きを放っているではないですか!? なんと私は運が良いのでしょう!!」
事実、喜んでいるのだろう。喋るごとに笑みが深まっていく。
(『強い輝き』だぁ? 何言ってんだコイツは?)
男の言葉に疑問を感じた総護だが、その答えはすぐに判明する。
「招かれざる客ではありますが、あなたの『魂』をメインディッシュとしましょう。そうなると彼女達の『魂』はデザートといったところでしょうか? ああ、本当に今日は素晴らしい日だ、神よ感謝いたしますっ!! 私はまだ強くなれる!!」
(……コイツ
これは魔術・魔法では無い力を行使する者達の総称で、超能力者などが含まれる。
【
名の通り、魂を喰らうモノや行為の名称。魔を冠するモノや上位存在などが行う事で有名で、他者の魂を取り込み己の力とする事を指す。
ここに来て総護は気が付く。
男の『得体の知れない力』は、
――喰らった魂を取り込み、変換されたモノではないのか?
自分達を取り囲んでいる屍、
――アレらは奪われたモノを取り返すため生者に襲いかかっているのでは?
近ごろ世間を騒がせている事件、
――『連続失踪事件』がなかったか?
そして、繋がった。
「……てめぇが犯人か?」
「犯人? その様な呼び方は止めて頂きたいですねぇ。私はただ食事をしているだけなのですから」
どうやら隠すつもりは無いらしい。
(もう少し)
「強くなる為には必要な事です。『弱肉強食』ですよ、我が神も肯定しています。だから――」
――あなた達も私の糧になって下さい。
同時に男はパチン、と指を鳴らす。
これが何の合図なのかは考えるまでも無いだろう。
建物をめがけ、屍が勢いよく接近してくる。
「あなたは少し強いでしょうから、全部でお相手しましょう。どうか
男は嗤う。
男の目には、総護など多少活きのいい食材にしか見えていないのだろう。
(もうちょい)
だから男は考えない。
――
(来た!!)
天から地へと、光が奔る。
それは神の怒り。神罰の代名詞。
直後に漂い始める焼け焦げた臭い。同時に外が静かになる。
「ゴメンよ総護ちゃん、大丈夫かい?」
紫電を纏う老婆が一人、瞬時に総護の背後へ現れる。
「詩織と陽南が大丈夫じゃねぇ」
総護が結界を解除すると、老婆は詩織と陽南へと近寄る。
「可哀想に、こんなにボロボロになって。すぐに家で治療してあげるからねぇ」
傷付いた少女達を目の当たりにして、痛ましく顔を歪める老婆。
「二人はお婆ちゃんに任せて。総護ちゃんは――」
「――婆ちゃん、俺ちっと用事ができたからよ、先帰っててくれや」
決意のこもった、強い口調。
鳴子はこの強い口調を知っている。
仮面を外しながら、総護は言葉を紡ぐ。
「婆ちゃん、俺が何の為に強くなったのか、知ってんだろ?」
揺らぐことの無い、瞳。
この瞳を鳴子はよく知っている。
「――こんな時のために、俺ぁ強くなったんだ」
「そう、だったねぇ」
総護の姿が若かりし頃の厳十郎と重なって見える。
灰色の仮面を受け取った鳴子。
もう、伝えるべき言葉は一つしか無かった。
「必ず帰っておいで」
「おう」
総護の返事を聞き届けた鳴子は、二人の少女を連れて自宅へと跳んだ。
「なんだぁ、わざわざ待っててくれたのか?」
総護は話しかける。
「
男が返す。
「どの口が、ほざきやがる」
「フフ、では止めてみてはいかがですか?」
「ああ、ぶっ殺してやらぁ」
「やれるものなら、ですがねぇ」
誰も気付かぬ山中、その廃ホテル。
――今、死闘の幕が上がった。
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