二〇話:駆ける
「――ッグゥ!! クソっ」
地面の上で膝をつき苦悶に呻く総護。
霊脈などを介さずに跳躍した代償として、一瞬にして七割り程の魔力を喰らい尽くされたからだ。
体内魔力が大量に消失したため強烈な虚脱感や頭痛が襲いかかってくるが、今は体調不良をこの場で呻き続ける猶予は無い。
瞬時に下を向いていた視線を上げ、周囲を見回す。どうやら自宅の庭に転移したようだ。
「ッチィ、うだうだ考えずにさっさと渡しときゃよかった!!」
――こうしていれば。
――こうしていたら。
今更考えても意味は無いが、どうしても考えてしまうのが人間というもの。
――新しい『お守り』を渡していれば、現地に直接転移できていたはずだ。
そんな考えを振り払いながら総護は動く。
勢いよくポケットからスマホを取り出し、地図を確認すると赤い点が二つ点滅している。
この二つの点は詩織と陽南の結界を表している。場所は総護の家から直線距離で北東約五キロメートル先の山中、その頂上付近。
「クッソ微妙に遠いなオイッ!!」
二人のいる場所を確認した総護は〝身体強化〟を発動し、屋根の上へと飛び上がる。
そして、駆ける。屋根から屋根へ、電柱から屋根へと高速で駆け抜ける。
駆けながら祖母へ現状報告と救援を兼ねた鳥型の式神を飛ばす。
電話の方が遥かに早いのだが、生憎と鳴子は携帯電話等を持っていない。理由は鳴子が大の機械音痴だからだ。
固定電話などはどうにか使えるものの、少し扱いが複雑になると使えなくなってしまうのだ。
さらに、タイミングの悪い事に現在、鳴子と厳十郎は外出中だ。
鳴子は隣街の知人の家へ、厳十郎は相変わらず行き先不明。
(今度、婆ちゃんには絶対ぇ携帯買えって言っとこ、絶対ぇに!!)
余計な事を考えながらも速度を落とさず走り続ける総護。
(――アイツらを狙った理由は何だ?)
総護は走りながら考える。
(魔力が感知されたから、たんなる誘拐じゃねぇのは確実なんだがよ)
しかし理由が分からない。
(脅迫ってのも無ぇな、相手が悪過ぎる。どう考えてもそこらの魔術師なんざ相手にならねぇ)
詩織と陽南の父親は裏の世界では有名過ぎる。裏に少しでも関わっている者が彼らを怒らせればどうなるかなど、分からないはずが無いからだ。
(俺や爺ちゃん絡みか? ……いや、ねぇな。俺も爺ちゃんも有り得ねぇ)
総護は正体を知られていない。
厳十郎にいたっては断言できる、どう考えてもちょっかいを出していい相手ではない。
(全っ然分かんねぇ、つーかアレか? なんか事件に巻き込まれたのか?)
偶然に巻き込まれる。最終的にそうとした考えられなくなってくる。
(……何で山なんか行ってんだよアイツらは。ランニングにしちゃあ遠すぎだろぅよ)
『ランニング中に何かしらの事件に巻き込まれた』と、総護の中で一つの仮説が生まれた。
――少年は気付かない。
焦りなどで、最近日本を騒がせている事件に気付かない。
――少年は気付かない。
だから、目的の山の麓に辿り着いた時、驚く。
(何でこんな所にいやがる!?)
――己の行く手を阻む様に徘徊する多数の死体に。
一歩山中へ足を踏み入れた瞬間、徘徊する死体の顔が一斉に総護へと向けられる。
「ッ!? 急いでんのにめんどくせぇなっ!!」
駆け寄り、飛び掛り、這い寄ってくる屍の群れ。
どう考えても異常事態だが、総護はコレを意図的に無視する。
何故なら――
(――結界が壊れやがった!?)
守りの要の崩壊。
即ち、一刻の猶予も無いと言う事。
――瞬間、総護の足元の地面が爆ぜる。
ここは屋根でも電柱でも無い。つまり、全力で走っても問題が無いという事。
だから総護は全力で駆けた。
屍を振り切り、土を撒き散らし、駆ける。
途中、詩織と陽南ともう一つ、知らない気配を総護は捉えた。
詩織と陽南がいるであろう建物を見つけた総護は、気配を殺し建物内へ侵入する為速度を緩めようとした――
――が、
――涙を流し、絶叫を上げ、苦しんでいる二人の姿を。
――喜悦に顔を歪ませ、笑って手を向けている男の姿を。
だから、止まらない。止まるわけがない。
(――何を)
走り続ける足も。
吹き出す殺気も。
「何してんだゴラアァァァッ!!」
心からの、怒りの声も。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます