一五話:合同稽古


 照りつける日差しは午後になっても衰える気配をみせず、蝉の壮大な合唱も合わさり余計に暑さを感じる様な土曜日。


 最上家の道場には四人の人影があった。


 一人は幸原誠一、今は私服ではなく道着と袴を身に付けている。

 一人は木乃町剛、彼も私服ではなく空手着を身に付けていた。

 そして現在、剛と誠一は二人揃って壁際から道場の中央を眺めている。


 「なぁ剛、才能ってのは恐ろしいものだと思わないかい?」

 「まったくだ、大した事は教えてないハズだからな」


 娘達の組み手を見ていた誠一が問いかけに対して剛が答えるが、二人とも感心と呆れが混ざった様な表情だ。


 ――二人の視線の先。道場の中央では二人の少女が激しく拳を交えていた。


 「ッハ!!」

 「ッフ!!」


 空手着姿の陽南が鋭い上段蹴りを放ち、髪を後ろで纏め道着と袴を着た詩織が躱し、間合いを詰め掌底を放つ。


 体を半回転させ掌底を躱した陽南はそのまま裏拳、回し蹴りと休む事無く攻め続けるがそのどれもが決定打となる事はなく詩織に防がれ、詩織も足払いを避けられ投げ技や関節技を悉く陽南に捌かれている。

 

 時に激しく交差し、時に静かに間合いを計る二人の少女。接戦を演じる彼女達の攻防は絶え間なく入れ替わり続ける。


 高レベルの競い合いが行なわれているのは誰が見ても理解出来るだろう。しかし力量が拮抗している様で互いに決め手に欠けるらしく、ここ数分は膠着状態となっている。


 最上家の道場を使用して行なわれる『合同稽古』。


 今でこそハイレベルな組み手となってしまっているが、元々は詩織と陽南に対する『護身教室』という名目で開始されたものだった。


 開始された理由、それは二人がまだ小学校高学年だった頃に学校周辺で不審者の出没が相次いだ事があった。

 当時警察も地域の巡回を強化するなどの対策を取ったようだがなかなか不審者を発見出来ずにいた為、万が一不審者に遭遇してしまった時に逃げる事や大声を出す事が出来るように始めたものだった。


 不審者騒動以降も軽い運動程度の考えで続けていた『護身教室』、その途中で剛と誠一は気付いてしまう。


 「あれから教えたのは体の動かし方や投げ方、拳の打ち方と蹴り方ぐらいだったよな?」

 「あとは受け身とか防御とか基本的な事だけだね」

 「……それをたった三年と少し、月に一時間もやってないのに続けてコレ・・、か」


 娘に武の才能がある事に。それも桁外れの、まさに『天賦の才』と呼べる程のものが。


 「流石は僕達の娘だよ、しっかり武術家の才能を受け継いでるね」

 「―――才能、だけだといいんだがな」


 会話の最中、不意に剛の表情が曇る。


 自分たちの才能を受け継いだのなら、成る程確かに。二人の動きにも納得がいく。


 撃真げきしん流四代目当主、木乃町剛。

 幽幻ゆうげん流四代目当主、幸原誠一。


 娘達は知らないが、彼らもまた裏の世界では厳十郎と同じく名の知れた実力者にして、恐らく知名度だけであれば【世界最強最上厳十郎】に匹敵するかもしれない。


 二人の過去を知る者達は口を揃えて、こう答える。


 ―――曰く、世界を救った者。

 ―――曰く、厄災を払いし者。

 ―――曰く、神話の再来。


 人の力では防ぎようがないと言われた災いを相手に一対一の死闘を越えて勝利を掴んだ、人類史における最新の英雄譚。


 ―――即ち『彼らこそが現代の【英雄】である』と。

 

 「一応……鳴子さんに視て・・もらって大丈夫だったじゃないか」

 「あの時は『今は大丈夫』って言ってなかったか?つまりこれから先は分からないってことだ」


 そんな剛の胸の内で昔から燻っている一つの懸念。



 ――あの死力を尽くした激闘。

 ――その果てに得た報酬にして、望んでもいないのに押しつけられた『勝者の証』。



 「もしかしたらまだ見えないだけで、俺達の異能・・を受け継いでいるかもしれないだろ?」


 ―――自分たちの才能を受け継いだのなら、自分たちのチカラ異能をもう受け継いでいるかもしれない、という懸念。


 「……もし詩織ちゃんがこの異能チカラまで受け継いでしまったのなら、僕は隠さずに全部伝えるつもりだよ。剛はどうする?」

 「俺も伝えるさ、俺の持ちうる技術や知識の全部を……」


 異能を宿しただけ・・の無力な少女。


 そんな存在など裏で活動する者達からすれば恰好の実験動物モルモットにしか見えないだろう。


 『異能が発現したのなら、望む望まないに関わらず抗う力を持たねばならない。生き残る為にも』


 どこか重苦しい雰囲気のまま、剛と誠一は改めて自分の娘達の方を見る。


 「ハァハァ、ウチやっぱり、この稽古、超痩せると思うわ~」

 「ふぅ、そうね。全身運動だから、絶対に痩せるんじゃ、ないかしら」


 いつの間にか力尽きていたようで、道場の真ん中で二人して仰向けに倒れていた。


 「だがまぁ、今のところは何ともないみたいだがな」

 「そうだね。陽南ちゃんも詩織ちゃんも女子高生なんだから、こんな血みどろの世界じゃなくて普通の世界で生活して欲しいよね」


 疲れているにもかかわらずそこそこ元気に喋っている娘達の姿を見ると少し二人の空気が軽くなる。そこには何よりも愛娘が平和に生活出来る事を願う二人の父親の姿があった。


 「ククク、普通の女子高生はこんなに武闘派じゃないだろうがな」

 「武闘派って、剛ねぇ。原因は完全に僕らにあるんだよ?」


 それもそうだな、と苦笑いしつつ剛はそのまま壁際に置いてあった鞄からタオルとスポーツ飲料を取り出し陽南と詩織の元へと歩き出す。


 開始してからおよそ四〇分。今回の合同稽古も無事、終了となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る